ゆめほん雑記
2012年03月12日(月曜日)
校正

校正にもいろいろあります。電子書籍にするためにOCRで読み取ったデータを読み取り間違いがないか確認するというのも校正。OCRは文脈を読めないので大を犬と間違えることなどがあります。何気なく読めてしまうので、校正としてはどこに落とし穴があるか緊張します。一般書籍では、著者が原稿を入力していることが多いので、入力技術がポイントになります。たとえば◯と0を区別しない。音引き、ハイフンを区別しない。大文字、小文字を区別しない。ふだん使わない漢字に変換してしまう。入力ミスで違う文字に変換される。改行しないなどです。内容的には誤ったデータが使われていないかです。たとえば1960年第 18回オリンピックが東京で開催された、というのは年号が違っています。細かいデータをすべて確認することは無理ですが、大きなところは押さえたいものです。編集者の意図というのもあります。編集者の意図、何をしてもらいたいかを無視して先走りしてはいけません。勝手に文章を変えてはいけません。大きなミスを指摘したぞと、どや顔しても、単純誤植を見過ごすと致命傷になります。ですが対象分野は無限にあるし、校正は深いものです。常に最新の情報に触れることができ、トレンドに敏感になります。また専門家がじっくり考えた世界に触れることもあります。何が大事なのか思い知らされることもあります。校正にもいろいろあります。電子書籍にするためにOCRで読み取ったデータを読み取り間違いがないか確認するというのも校正。OCRは文脈を読めないので大を犬と間違えることなどがあります。何気なく読めてしまうので、校正としてはどこに落とし穴があるか緊張します。一般書籍では、著者が原稿を入力していることが多いので、入力技術がポイントになります。たとえば◯と0を区別しない。音引き、ハイフンを区別しない。大文字、小文字を区別しない。ふだん使わない漢字に変換してしまう。入力ミスで違う文字に変換される。改行しないなどです。内容的には誤ったデータが使われていないかです。たとえば1960年第 18回オリンピックが東京で開催された、というのは年号が違っています。細かいデータをすべて確認することは無理ですが、大きなところは押さえたいものです。編集者の意図というのもあります。編集者の意図、何をしてもらいたいかを無視して先走りしてはいけません。勝手に文章を変えてはいけません。大きなミスを指摘したぞと、どや顔しても、単純誤植を見過ごすと致命傷になります。ですが対象分野は無限にあるし、校正は深いものです。常に最新の情報に触れることができ、トレンドに敏感になります。また専門家がじっくり考えた世界に触れることもあります。何が大事なのか思い知らされることもあります。


2012年02月22日(水曜日)
年中行事

年中行事のひとつに節分があります。家の入口にはいわしの頭と柊の葉と豆のからをつけて、鬼は外、福は内と新しい年には災厄が来ないように願います。もしそのとき、家が平安であれば家族そろってにこやかに豆まきを楽しめます。もしそのとき何かの不幸があって、重い気持ちであれば、ああこんなふうに時が過ぎていくのかと無常を感じることでしょう。何があろうとなかろうかと、季節が来れば行事がめぐってきます。年中行事はさまざまな出来事を乗り越えるために考えられたのかもしれません。こんなときに祭りかよと思うときもあるでしょう。こんなときに花火かよ、と思うときがあるでしょう。季節がめぐれば菜の花が咲きます。チュウリップが咲きます。ひな祭りがあります。梅も桜も咲きます。卒業式があります。新入生が来ます。こんなふうに、みんな暮らしてきたのかなとこのごろ思います。


2012年02月13日(月曜日)
2011

2011年がどんな年だったなんて言いたくもない。長い不景気のトンネルを抜けて、もしかしたらいくらか景気が前向きになるのかと思われたころ、巨大地震、大津波。3.11で悲劇が始まった。そして魔の原発メルトダウン。一番大事な危機管理が何一つできない我らが政府、民主党、自民党。お互いの足を引っ張りあうばかりで、被災者を助けることができない。国が大方針を出さないので、県が動けない、市が動けない、被災者が自ら動いて、案を出しても、自治体には対応ができない。ちょっと待て、金がない、法律がない、動きたくても許されない。マヒしたのは現地だけじゃない。統治機能だ。何一つ決定できない、いや何一つ考えてもこなかった。「すべては想定外。これは前政権の責任だ、我々のせいじゃない」。何が起きているのかさえわからず、首相みずから現地視察、不信増大、指揮系統あいまい。2万人近い人命を失ったというのに、政治は右往左往するばかり。まもなく一年がたつ。せめてものボランティアの無償の活躍と世界中からのあつい支援が日本人のこころにろうそくを灯している。垂れ流しの放射線を早く止めて。前を向きましょう、前を。


2011年11月3日(木曜日)
美しい国土

国土の何%かが失われた。山も海も畑も田も。森も川も魚も鳥も。津波のことではない。緑豊かな夏の山々、紅葉の映える秋の木々、それらは何も変わらないように見えるのに、何もかもが汚染され、いのちのDNAさえ破壊されようとしている。限りないエネルギー源として大きな期待を背負った原子力の実態は、人類には支えきれない大きなものだった。かつて便利優先でプラスチックの大量使い捨てをして、その環境破壊にいまでも苦しめられているのを思い返してみるといい。事故でまき散らされた放射性物質は20種類以上、それぞれが別の働きで、いのちを破壊する。事故でなくても、原子力発電所から発生する使用済み核燃料、大量の放射性廃棄物はその処分方法さえ決まらない。ある程度おとなしくさせるために30年はかかるという。その技術さえ未開発なのだ。失われた国土は戻ってくるのだろうか。もしそこがふるさとならば、遠くにありて思うしかない。どんなに美しく見えたとしても。もともと狭い日本、あまりに重大なミスで貴重な国土を失ったのだ。


2011年10月5日(水曜日)
秋の野を愛でる

秋には秋の七草といって萩やすすきなど比較的地味な花や草などをめでる習慣があるのは、おそらく平安の昔からだろうが、それらの草木を一カ所に集めると、見ようによってはただの草木のはびこる手入れの悪い庭になってしまうのではないだろうか。ここにあらためて風雅を感じ、月をめで、虫の声をたのしむ余裕はどこからくるのか。江戸時代に愛好家たちが集まってそうした庭をつくった。向島百花園に行ってみた。園外は普通の家並み。一歩はいると武家屋敷の庭園でなく、寺院の庭園でもない、どこかなつかしい風景が広がる。見慣れた木々、梅とか萩とかすすきとか。今の時代ならたしかにかえって珍しい風景かもしれない。だが、はてな、これは江戸時代につくられたというではないか。江戸時代にすでにこうした自然が珍しいということがあったのだろうか。いわゆる文人墨客が望んだことははたしてなんだったのだろうか。たくさんの句碑が並ぶ。芭蕉の署名がはせをだというのも初めて知った。見上げるとスカイツリーが木々の間から大きく見えた。


2011年09月27日(火曜日)
花火

毎年大曲の花火大会はNHKでやるので、楽しみにしているが、今年は初めて長岡の花火大会をUstreamで観た。自粛ムードが広がって多くの花火大会が中止や延期に追い込まれている中、貴重な花火大会になった。長岡の花火はその規模の大きさや尺玉とよばれる巨大花火で有名だ。なかでも地震からの復興を願って打ち上げられたフェニックスというイベント花火は壮観だった。たくさんの花火で構成される巨大なドラマであり、ミュージカルだ。そして多くの魂を慰める鎮魂歌だ。画面を観ながらもあふれてくる感情を抑えきれなかった。現地で観ている人たちはどんな想いだったろうか。最後にお互いがよびかける「ありがとー」の言葉が長くひびいていた。


2011年08月04日(木曜日)
がんばれニッポン

なでしこジャパンは強いですね。気がついたら世界のトップクラスになっていました。
ドイツに勝って、スウェーデンに勝って・・・すごいです。明け方のTV中継で寝不足気味ですが、そんなことは言ってられない。大興奮です。いい気分です。



2011年07月14日(木曜日)
エヴァの気持ち

季節の変化が激しい。このところ日本では春と秋がなくなってしまったのではと嘆く声も聞く。まだ6月だというのにいきなり39.8℃を記録する街が現れた。なんだか極端だ。季節のあいさつ、季節の装い、季節の行事。季節の動きにあわせて農耕し、季節の収穫に感謝してきた日本人をあざわらうかのように、はげしく変動する気候、気温。俳句の季語のように季節感やその背景までも想像させる言葉は、その意味を奪われかねない。温暖化とはこういうことだったのだろうか。しかも相変わらず政治は停滞したまま何ひとつ変化できない。「むりだよ、ぼくにはできないよ。なんでぼくが戦わなければいけないんだ」「いいえ戦うのはあなたです。あなた自身なのです。逃げることはできません」


2011年06月24日(金曜日)
ふるさと

『ふるさと』を第二の国歌に
「うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川」と歌われる『ふるさと』、この歌が最近よく歌われる。ふるさとへの想いを万感をこめて歌われる。もちろん東日本大震災を背景にした失われたものへの哀惜、復活の願いをこめた想いだ。誰がこの歌を選んだのか、誰がこの歌を歌おうと提案したのか。数ある歌の中から選ばれた『ふるさと』、この歌こそまさに日本の歌なのではないか。「第二の国歌」として認められていいのではないか。というより、国歌はこんなふうに自然に生まれてくるのではないだろうか。いつかスポーツ大会や文化行事で、たとえば行進曲風に、たとえばダンス音楽風に演奏される日がくることを願っている。



2011年05月10日(火曜日)
後輩だったのに

キャンディーズのスーちゃんの突然の死には驚いたけれど、「お別れのメッセージ」には強い衝撃を受けた。皆さんお世話になりました。私は幸せでした。感謝します。もし病気に負けて天国へ行くことになったら天国で、被災された方のお役に立ちたい。それが私の務め。またこの世では妹・夏目雅子のようにがん撲滅運動のために役に立ててほしい、頼むね。こんなメッセージが葬儀の会場に本人の声で流れた。会場は涙で暮れた。なんて前向きの人なんだろう。スーちゃんは想像するよりずっとすごい人だった。30年以上前に後楽園のキャンデーズさよならコンサートのビデオを友人たちと興奮しながら観たのを忘れられない。すごい、すごい。そんなことをその時も言っていたような気がする。またおわかれですね。


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