日本の歴史の中では何度か海外文化の激しい流入期があって、その後内部消化していくという繰り返しがあるようだ。例えば奈良の仏教伝来、戦国の南蛮文化伝来、江戸末期の黒船来襲、昭和の米国占領などの激しい海外文化の流入とともに人々の価値観が大きく変転し、混乱とともに前の時代を古臭いもの、時代遅れのものと切り捨てようとしてきた。 さて明治維新以来の西洋かぶれは、追いつけ追い越せのもと、江戸の伝統文化の破壊に走った。寺院を破壊し、逆に天皇制復活のため神社を強調した。歌は三味線や太鼓ではなく、オルガンやラッパの西洋音楽になった。あらゆることで強力に改革を進め、やがて世界列強と肩を並べた日本は、連合国に見事なまでに破壊された。今度は軍国主義否定の一本槍。すべてを軍部に責任をおしつけ、もはや軍隊を持ちませんとまで言った。 右に左に(左右というのも変だが)大きく揺れる日本。けれどそれぞれの時代が分断されているわけではない。父の父の父は明治、その父は江戸時代に生きている。まるで別物のように扱われて、戦前と戦後、明治と江戸が教科書では分かれている。明治以降は事実上教えないということもあった。まだ歴史的評価が確定していないとか、授業時間が足りないからとかいう理由で。 時間はつながっている。何代か前の祖先は浮世絵を買っていたかもしれないし、描いていたかも知れない。あるいは歴史上の事件や人物は親類かもしれない。戦争で多くの記録がなくなったとしても事実は事実だ。歴史をもう少し大きな流れとしてもう一度見直す必要があるのではないか。
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