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ヴィパサナーについての質問です。

私の書き込みに対し、こんな質問が来ました。

興味深い質問ですので、皆様に公表して、私の考えを知ってもらおうと思います。 なぜ、いまこのようなことを言うのか。私が発言する必要が あるのかという質問から、以下に続いております。

質問
> マハシ式もゴエンカ式も、実行してる人が、始めはヴィパッサナーだと思ってる
> サマタをやっていたとしても、そこから本当のヴィパッサナーに
> 自然と移行できるのではないかと思ったのです。
> もしそれが出来ないのであれば、今日本でされてる瞑想指導では
> 解脱は無理ということになりそうです。
> 解脱への道というのはかなり厳しい世界だろうとは思っていましたので、
> 住み慣れた土地を離れて瞑想をしに行くことなく、
> 解脱を得ようをするのは横着だとは思うのですが、
> それが現実だとすると少し残念に感じます。
ウ・アローカの答え

最初にマハシのやり方を導入して、これがヴィパサナーだといったのは14年前の私です。サマタはお釈迦様の瞑想方法ではないと、私は教えてきました。

お釈迦様の瞑想はヴィパサナーであり、サマタはお釈迦様が捨てた瞑想法だと伝えてしまったのです。 (これは私の間違いでした。)

現在、協会内部でも意見が分かれていると思います。

今回は本当は黙ってまたミャンマーに行ってしまおうかと考えていました。

しかし、サマタ瞑想を排除するような考え方をして、これ以上、マハシのやり方がヴィパサナーであると言ってしまっては、お釈迦様の修行方法を冒涜していることになってしまうと考えたからです。

また、このようにマハシの瞑想をヴィパサナーだと伝えたのは、私の責任でもあるからです。 ですから、訂正する責任も私にあります。

私は日本にテーラワーダ協会を作ったときから、正しいお釈迦様の教えを日本に伝えたいといつも思って、やってきました。

そして、それが完成したと思ったので、協会の代表も辞任しました。

しかし、今回最後の修行のつもりでミャンマーに渡り、なぜか、パオセンターに縁が出来てそこで瞑想をするようになったときに、すべての答えが見つかりました。

マハシのやりかたには、まだ先があったということも、そして、それを伝えているマハシの長老もいるということも。

マハシや現在日本でヴィパサナーと言われているものは、すべてヴィパサナーではなく、サマタ瞑想だということも。

ヴィパサナー瞑想は一般の人々が、仕事の合間に出来るものではないということもよく理解できました。

ヴィパサナーをするためには、サマディの強い力、禅定力がどうしても必要になります。

それは、四禅または五禅 の禅定力がなければ、決してできるものではありません。

それほど、微細なものを観る力が必要なのです。最低でも地水火風のカラーパの生滅ぐらいを見る禅定力がなければヴィパサナーにはなりません。

ですから、マハシの方法もヴィパサナーでなくて、まだ四界分別観という、サマタ瞑想ですが、それでも一般の人々にとっては、自分の心を清浄にする大変効果的な方法であるということも確かです。

ですから、私はマハシの方法が駄目だといったことは一度もありません。

何回もパオも、ゴエンカもマハシも同じサマタであり、同じような効果があると強く言ってきました。

心を清浄にする効果においても同一です。

ただ、一般の人々にとっては、ヴィパサナーを行うことは無理なことです。

だから、あえて知ってもらいたかったのです。解脱を求めるには今のやり方では到底無理だということを。

ただ、私のこのような意見に対し、だれも、自分でミャンマーに行って調べようとしないのですから、困ったものです。

調べれば分かることなんですから。私の意見に対しても信じる必要はありません。私は調べるべきだと言っているのです。

ご自分で体験してください。東京にいてはわからないこともあります。本を読んでも分からないこともあります。

パオに行って調べてください。 体験すればすぐに分かることです。

お釈迦様の教えだからと言われても、信じてはならない、自分で調べるべきだと教えたのは、お釈迦様です。

だから、どうぞ、調べてください。

次の質問です。
> もう一つ疑問なんですが、サマタからヴィパッサナーが
> 経典に則った正しいやり方なのであれば、
> 日本で瞑想指導をされてるテーラワーダの長老の方々が
> 知らないわけではないと思いました。
> それなのにあえてマハシ式を紹介してるということには、
> それなりの理由があると思うのですがどうでしょうか?
ウ・アローカの答え

勿論、スマナサーラ長老にも地橋先生にも伝えました。

私はサマタ瞑想がヴィパサナーには絶対に必要であるということだけを前回伝えました。

だから、サマタ瞑想をお釈迦さまの教えではないとして、排除してはいけないともいいました。

しかし、長老はいま行っているマハシのやり方は効果的な方法であり、これ以上在家の人々には出来ないだろうといわれておりました。

地橋先生も同意見でした。

長老は当然、清浄道論も読んでおりますから、解脱はこれでは出来ないと知っていると私はおもいます。

しかし、これ以上のことは一般の人々には出来ないし、この方法が効果的であるから、これは続けますと言っておりました。

私としても、勿論、賛成です。仕事をしながらの在家ではヴィパサナーなど到底、出来ないのですから、このマハシのやり方でよいと思います。

しかし、もう正しいことを言うべきときでしょう。

サマタだヴィパサナーだと論争になればそれは不幸です。

サマタもヴィパサナーもやり方は同じなんです。論争することがいけないのです。

サマタの先にヴィパサナーがあるだけなんです。

ただ、長老もマハシの方法は直接的な解脱の方法ではないと思っているかもしれませんが、在家の人々にとってはこれ以上のものは望めないし、結果も素晴らしいものなので、あえて続けていると思います。

勿論、マハシがサマタ瞑想であっても、パオがサマタから行っても、サマタはヴィパサナーに接続する方法ですので、決して間違った方法ではないのです。

サマタ瞑想をしない限りは、ヴィパサナー瞑想は出来ないのですから。

スリランカにもマハシのやり方を支持する長老もいれば、それは違うという長老もいます。

どちらにしても、マハシのやり方はサマタであり、ヴィパサナーに続く、正しい瞑想法ですから、問題はないと思います。

最後の質問です。
> それと最後に、マハシもパオも指導方法の違いだけで、
> 最終的な解脱の境地は同じと考えていいのでしょうか?
ウ・アローカの答え

勿論、最終的にはどちらもヴィパサナーに進んで行きますので、まったく同じです。ヴィパサナーになればマハシもパオもありません。

ただ、現在のマハシのやり方がヴィパサナーをやっているといわれるので、それは間違っていますから、よくないと言っているのです。マハシのやり方も先に本当のヴィパサナーがあるのです。

質問者の次の日のメールです。
> ここまで書いた所でウ・アローカさんの日記を拝見して、一番危惧するところは、
> サマタは意味がないという間違いが定着しまうことなのかなと思いました。
> そこにはなるほどと思ったのですが、
> 「ヴィパサナーをしたければ、ミャンマーの修業道場に入って
> 何年かの時間をかけて行わなければならないのです。」
> というのには、やはりそうなのかと感じました。
> ということは、協会で悟れるといってるのは、
> 実は悟りの状態ではないということでしょうか?
ウ・アローカの答え

分かりません。前世の徳によって悟れる人もいるかもしれません。

ミャンマーでもわずか、2週間で解脱したひともいますから。

日本でもそのような人もいるかもしれませんね。

悟りについては、私は分かりません。

質問者の最後メールです。
お忙しい中、ご丁寧に回答してくださいまして、本当にありがとうございます。

ウ・アローカさんが今伝えておかなければいけないことというのが理解できましたし、 仏陀の瞑想にいくつかの指導方法が存在することに対する不安もなくなりました。 テーラワーダ仏教を学んでおられる方々は、やはり仏陀が伝えたものを学びたいと 考える人が多いでしょうから、ウ・アローカさんがおっしゃられていることが事実であるなら とても大切なことだと感じます。

自分はまだちゃんと瞑想の指導を受けたことがないので、 どれが正しいのか理解できる能力はありませんが、 これから少しずつテーラワーダ仏教の解脱への道を勉強し、 実践して理解を深めていきたいと思います。

このインターネットという顔も見合わせず、文字だけという失礼な媒体での質問に とても丁寧なお返事がいただけたことと、日本でテーラワーダ仏教について学べる環境を 作ってくださったことに心から感謝しています。 ありがとうございました。

ウアローカの最後の返答です。

仏教はどのような教えであろうと、信ずることは危険なのですよ。

私も14年間マハシの方法だけが、正しいお釈迦様の教えだと思っていました。

つくづく信ずる怖さを知りました。

自分で確かめるのがいちばんです。

でも、現在の日本ではマハシの方法が在家にとっては最良の 方法だろうと私も思います。

調べれば分かることですし、マハシの瞑想が間違っているわけではないのですから ですから、そこは信じて行ってください。

いづれヴィパサナーにも出会えると思います。

頑張ってくださいね。