ほとけさまと、ともに

沙門瑞雲 

日本人は「ほとけさま」といえば、仏法の「仏さま」と、「ご先祖の霊魂(ミタマ)」をともに思い描くけれども、心の奥底のホトケさまは「ご先祖の霊魂」なのかもしれません。

お盆には精霊棚を設けてホトケさまを迎えます。

日本人の信仰では、死霊すなはち死者の霊魂は、はじめは荒ブル魂(アラミタマ)であるが、子孫の供養を受けたる後は、和らいだ霊魂(ニギミタマ)になると信じられています。

長い年月を経ると、魂は祖霊神 となって人々を守護し、幸福や豊作をもたらすと考えられ ています。神棚と仏壇を同じ空間に祀る先祖崇拝は、日本人の信仰の原点でしょう。

亡き人の御霊(ミタマ)は存続して子孫を加護してくれる和御霊(ニギミタマ)の先祖霊となっていただくために、鎮魂の祭礼が重ね行われます。亡き人の中陰、年回法事をはじめとする先祖供養などの仏事も、報恩感謝の鎮魂祭礼として行じられているようです。

霊魂も永遠不滅でない、亡き人の御霊が自業や我執を早く離れて、輝きを増し、真実なる永遠の生命、広大無辺の仏の御命として、仏の世界に帰ることを祈ります。こうして亡き人の御霊は年月を経るとともに、個の姿が薄らぎ、やがて先祖霊に帰入されていきます。

そして正月と盆には先祖霊を迎えて鄭重にまつり、豊穣と安寧を願い祈ります。

インドや東南アジアの国々には、人間の本質は不滅の霊魂であり、人は永遠に生死を繰り返すのだという輪廻転生 の信仰があります。

善い行為は善ないし楽をもたらし、悪行は悪果ないし苦をまねくという考え方にもとずいていますから、今生において善き生き方をすることが、よき来世への転生を約束するという、生き方の教えとして信仰されています。

日本人の先祖霊をまつる信仰においては、亡き人の魂は来世に生まれ変わりません、この世で先祖霊になるから、地獄や極楽などの六道にも転生しません。

日々 欲望にふりまわされ、欲望を追求する生活であるが、いかに自我欲望をおさえる努力をするかが、自分を大切に生きるということでしょう。 お釈迦さまに、死後の命運についてお尋ねしても、お答えにならなかったそうです。

お釈迦様は死後のことよりも、今を充実して生き抜くことが大切だから、人間の自覚とその生き方とを教えられました。

人はこの世に生まれてきたからには、幸せな一生をおくらなければ生まれてきた甲斐がありません。死後においても、尊び敬われる先祖霊となりて、仏としてまつられ、子孫や後の世の人々に幸せをもたらせる余韻を残したいものです。