宗派を超えた・やさしいPC法話

ぽっくり信仰

アマテラス 

私の住んでいる地区では、今日、ぽっくり信仰が盛んです。ぽっくり地蔵様、ぽっくり観音様」を定期的に参拝し、あらゆる面で皆に迷惑を欠けず、そして痛むこと無く、安らかにぽっくりと亡くなりたいと願う現世利益(げんぜりやく)の信仰です。

ぽっくり()くことを願う一方で、現状の世の中はどうかというと、我々日本人は医療の発展に伴い平均寿命が延びる一方で、人生の末期の5年間は病に(むしば)まれ、入退院を繰り返し、その結果、医療費が(かさ)みつつあるようです。精神的にも、経済的にも、家族や親族に負担をかけるケースが少なくありません。実際に、私の親戚もそのような状態で、最後は医療機関で、多くのチューブに(つな)がれ所謂(いわゆる)スパゲティ症候群状態でした。その様子を拝見し、私も心が痛み、考えさせられるものがありました。

我が宗祖(しゅうそ)日蓮聖人は、「死ということは、誰にでも必ず訪れることなので、先ずは臨終のことを習いなさい。後に、他のことを習いなさい。」とご教示して下さっています。

世の中を観ていると、親の死の後に遺産問題で兄弟姉妹が不仲になったりと、親族の死後に何かしらの問題が多々起きております。宗祖の教えの通り、年齢に関わらず、死というものは誰にも必ず起こることです。先ずは、死について真剣に考えてみてはどうでしょうか。死を見つめられるからこそ、自分を含めたご縁のある方の日々の幸せがあります。

真の幸せとは、縁のある方が、皆幸せであることです。そうでないと、真の幸せを実感出来ることはないでしょうし、他人に幸せを分け与えることも出来ません。忙しい世の中ですが、心を亡くさずに、ゆとりを持って生活して下さい。

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