たましいは独り旅に迷う

チュウシュン

浄土宗の開祖法然上人は御法語の中で「魂」という言葉を使われています。『元祖大師御法語』前篇22章に「屍(かばね)(死体)はついに、苔の下にうずもれ、たましいは独り旅の空に迷う」と肉体から魂=私が離れていく様子が述べられています。

われわれ人間だけではなく万物の生き物全てに寿命があり永遠に生き続けられるものはありません。

阿弥陀さまを信じてお念仏をお称えしていれば、人間である私、魂=私はこの身体が滅されたのちにお浄土へと向かわれるといいます。

お念仏をもうしているとその声は阿弥陀さまに届いて、阿弥陀様はこちらを振り向いてくれるのです。

お浄土に往生を願い中陰には極楽に往(い)った亡き人を包んでいる蓮華の花が開くことを願い、追善の心を捧げます。中陰とは残された者の悲しみや苦しみを癒すとともに、亡き人への想いを深めるための期間なのです。

月や夕陽、海、山を見て、そこに仏や先祖の魂を感じることがあるかと思います。「いのち」のつながりを感じ取るときには、不思議な縁(えにし)を感じます。それは、身体を通して「生命」と、過去・現在・未来を通して自分との連なりが合流することを感じるからこそであります。

人間の体の中にあり、精神や生命を支配する目に見えない存在が霊魂(れいこん)、魂です。人間という個体を内側から成り立たせる根源になるものです。誰もがいずれは寿命を迎え、彼の国へ召される時が来ます。阿弥陀さまのご縁をいただくことで何か心が安らぐような気がします。

南無阿弥陀仏。 チュウシュン


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