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宗派を超えた・やさしいPC法話

「縁」〜絆〜

どうくう

昨年の夏のことです。お盆に各お宅のお仏壇へお参りさせていただいたのですが、そのうちの何軒かでは、小学生や中学生のお子さんがきちんと座って一緒に手を合わせてくれました。

しかし、その子どもたちに仏様の話をしようと思い「地獄や極楽って聞いたことある?」と尋ねると、誰もが首を横に振るのです。

昭和の時代には、「家のお手伝いや良いことをしていると極楽へいけるけれど、殺生したり悪いことをすると地獄へ墜ちるよ。」などと、よく言われたり耳にしたものです。

家族や地域の人たちとのコミュニケーションから当たり前のように教えられてきたことでも、最近はあまり次の世代へ伝えられていないのでしょうか。

今の子どもたちは、小さい頃からビデオやテレビ、ゲームなどが周りにあり、家族と一緒に仏壇やお墓にお参りしたり、昔話を聞きながらお手伝いといった光景を見かけることが少なくなりました。

逆に、リモコンの使い方がわからず子や孫に教わらないと最新の電化製品が使えないといったお年寄りの話を、最近はよく耳にするようになりました。

親から子へ、子から孫へと伝えられてきた伝統や文化も、これからはどうなっていくのでしょう。「地域のみんなで子育て」、これも今はよく聞くことですが、日頃からの身近なおつきあいがないと、急にできることではありません。

現在、世の中が無縁社会と言われるようになりましたが、本当は人と人とのつながりや支えがないと、私たちは生きていくことができません。

インドで生涯にわたり、貧困の中で暮らす人たちを支えられたマザーテレサは、「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。人から見放され、『自分は誰からも必要とされていない』と感じる事なのです。」と言われました。

できるだけ人との交流を避けようとする若者が増え、Eメールなら伝えることができるのに、直接向き合うと伝えたいことがうまく言えない、わからないことをどう聞けば良いのかがわからない、人間関係もぎくしゃくして仕事や学校に行きにくくなくなり、その結果、引きこもってしまうといったことも増えているようです。

昨年の東日本大震災から、「絆」という言葉を耳にすることが多くなりました。

被災地では、ばらばらに引き裂かれた家族や地域のつながりを取り戻すための取り組みをされ、そのサポートには多くのボランティアが活動されています。

この人と人とのつながりを、仏教では「縁」と言います。

家族の縁、地域の縁、職場の縁、さらに今の自分は、ご先祖から脈々と受け継がれてきた命によって生かされているのです。

せっかくこの世に生かされているたった一つの命、これからも大切にしたいものです。

                              合掌