宗派を超えた・やさしいPC法話

ビジネス法話

日常の正しい生活・仕事とは
パート2

慧照 

「正命」は、法人としての企業にも、その教えは、あてはまります。

今月の新聞記事に、ITビジネスのある分野で大きな利益を挙げた企業が、所得隠し、売上勘定の除外、その利益の資金を洗浄不正還流、など操作して、優秀な頭脳を我欲に向けたそうです。私たちの、つつましい仕事から頂く給料とは桁が違う巨額を、当局が告発しました。

又、最近、まだ若々しいといってもよい老人がやってきて、話しを聞くことがありました。今は生活保護を受けているとのことです。しかし、好景気の頃は高い給料を取っていました。会社で、源泉所得税と社会保険料を天引きして、預かり金を国に納付していた、とその老人は言っていました。ところがある日、突然、会社は倒産して、事業所はモヌケの殻になっていました。十年も勤めたとのことです。その後、再就職。妻と娘は交通事故で先立たれ、60歳になりました。年金受給を申請した時、社会保険事務所で、倒産した会社での納付記録は何も残っていない、とのこと。年金手帳を自分で管理していなかった、とはいえ、保険事務所では、受け付けてもらえない。そこで老人は、だまされていた、と、やっと気づきました。自分の給料まで会社に取られていた、と。語るは悔し涙、聞くも涙でした。

いずれも、まれな出来事の極端な事例です。毎年発表される「中小企業白書」では、厳しい経営環境と、決して潤沢とはいえない経営資源をもとに、工夫をしながら、営々と活動している中小企業と経営者の姿が紹介されています。その一方で、何故、「正命」とはかけ離れたビジネス活動に手を染めるのか?「慙愧(ざんき)」という言葉があります。慙は自らに恥じる。愧は人(仲間)に恥じる。その自覚に欠けた事例を聞くたびに残念に思います。 「類は友を呼ぶ」ということわざがあります。気に合う者が自然に集まり、類を引き、友を呼ぶ。ビジネス社会も同じです。自分が真実「正命」の生活・仕事に向かっているならば、それにふさわしい組織に招かれる。道に外れることはありません。いわゆる「邪命」に引きずられることはない、引きずられても、それに巻き込まれることなく、処していけます。その境涯を得たものが「覚者」なのです。

この法話の、初回三話で、私たちの、生きる目的を、「覚者」となることだと、提案しました。今後とも、この法坐に集うかたがたに、あらゆる森羅万象をテーマに、この道を語りかけたいと思います。