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宗派を超えた・やさしいPC法話

釈尊の教えは易しい教えなのだ

慧照 

人類、最初に開悟(かいご)されたかたは、仏教者・釈尊です。仏(ぶつ)という言葉は、真理を悟った者のことです。その真理というのは、人間は、生・老・病・死を免れない有限の身であるが、それは与件(よけん)であり、それを受け容れれば完璧な存在として生きることができるのである、と、受けとめます。私たちも悟れるのだと伝えているのです。

釈尊は、開悟してからは、生涯、説法の旅へと弟子たちを伴って行脚(あんぎゃ)したのです。

ここで、ちょっと、話しておきたいのは、釈尊が悟りを開いたとされる直後のことです。仏伝では、釈尊はその喜びを感じるとともに、この開悟は他の人に伝えてもわかってもらえないと、自分ひとりにとどめていました。それをみて梵天(ぼんてん)が勧めうながし、人々に説くように請い願われた、と言われています。釈尊はわかっていたのです。誰もが、すぐに、覚醒(かくせい)、真理に気づくことは大変なことだったのでしょう。

そこで、釈尊は、最初の説法ではわかりやすく示したのです。

生・老・病・死という苦を滅っするのには、八つの実践道徳を行なえば良いのだ、と語りかけたのです。それが八正道(はっしょうどう)なのです。

  1. 正見(しょうけん)
  2. 正思(しょうし)
  3. 正語(しょうご)
  4. 正業(しょうごう)
  5. 正命(しょうみょう)
  6. 正精進(しょうしょうじん)
  7. 正念(しょうねん)
  8. 正正定(しょうしょうじょう)

ざっと箇条書きしましたが、この一つ一つが当り前のことが当り前のように実践すれば良いのです。今後、たびたび触れることになります。ひとつ、一番目の正見について見ましょう。これは正しく受けとめる、理解するのです。偏見がはいった瞬間に正見から外れるのです。ただ見るのです。

私たちは、仏法を高邁なものに受けとめがちですが、釈尊の出発点の教えは易しいのです。素直に実践しようではありませんか。難行では無く、易行(いぎょう)なのです。

*---開悟とは
*---梵天とは
*---易行とは