文字の大きさ
 法話の目次へ

■皆さんのご意見を見てみる

今の自分はこれでよいのでしょうか?

悦  

合掌

日々騒がしい事件事故が起き、めまぐるしく社会情勢も変わりつつある現代だからこそ、一寸一休みいたしませんか?

昔話の「桃太郎」は皆様ご承知でしょうが、この話しの本意は伝わってはおりません。村の耕作物等を鬼が荒らし、その鬼をこらしめる為に、鬼ヶ島に犬、猿、キジ、を率いて鬼退治に行き、鬼を退治し財宝を持ち帰り幸福に暮らした。という話しですが、これだけでは、押し込み強盗、傷害事件、殺害事件、やられたらやり返すという抗争劇でしかありません。

鬼は本当に悪い生き物でしょうか? 皆様の家の屋根瓦の一番高いところには鬼の顔を模った黒い瓦(鬼瓦)がのっているはずです。なぜ悪い鬼を大切な家の屋根瓦にのせてあるのでしょうか? 赤い鬼、青い鬼は僧侶の袈裟衣の色と同じで、修行中の鬼。高貴な色である黒、黒い鬼すなわち鬼神といい、我々を魔性のものが入り込まないように見守っているのです。怖い顔をしているので我々を導く為に悪を演じたのです。善と成るには悪は必要です。善悪不二で、必要不可欠なことです。悟りを開くには必要です。

「桃太郎」の名前ですが、桃の木には、霊力が宿り魔除けとなります。男の子は、ちいさいときは、病気に罹りやすく育てにくかった。ことから、魔物や病魔に打ち勝つ、強く逞しく育ってほしいという願いから「桃太郎」と命名したのです。

なぜ「猿」「キジ」「犬」を連れていたのか? 「申」は裏鬼門を示し隣に酉戌がいて猿を援護しています。表鬼門は、丑寅の大きく強い動物が守っているので、ここから猿、酉、戌が桃太郎の眷属となっているのです。また、「犬」は「往ぬ」で目的地に行く。(お釈迦様の境地に達する。即身成仏) 「キジ」は「生地」で、この地において有りのままの姿で精一杯に生きる。(自分の役目を果たす) 「猿」は「去る」で肉体はこの世から消滅するが魂は、霊山浄土に往くということで、現世から去る。ということなのです。

この話しは、自分自身の心の中には、人を思う心、愛し慈しむ心、人が失敗して喜ぶ心、人と争う心、人を落し入れようとする心、妬み、恨み(怨む)の心等、様々な心が常に入れ替わっています。常に自分自身を見つめ直し、正しく強い心で、正確な判断をし、思いやり慈しみの心で、日々生活して様々な人と接し自分自身の心(魂)を磨いていきなさいと言っているのです。日々「これで善かったのか?」また「総ての事に感謝」することです。感謝とは、まずお釈迦様に謝罪、反省(懺悔)することから悦びが感じ取れるのです。前をしっかり見て一歩ずつ確実に歩んでまいりましょう。たまには、休息の為に立ち止まることも大切です。

互いに精進いたしましょう。

悦  拝

hasu-line



post このお坊さんへお手紙