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幸せは、弥生三月花の頃

藤田慧観 

幸せは、弥生三月花の頃
おまえ十九で、わしゃ二十歳
死なぬ子三人、親孝行
使っても減らぬ金百両
死んでも命があるように

無常の此の世にありながら、満足のいく状態だけが永く続くを願うのは、如何に身勝手か。幸福を追求すればするほど不満足も増える・・・と言う事でしょう。

「弥生三月花の頃」暑からず寒からず、心地良い季節が弥生の頃、花咲き匂う頃ばかりではなく、雨や雪の日もあり、嵐や台風も来ます。心浮き浮きする好きな季節だけを選ぶ訳にはいきません。

「おまえ十九で、わしゃ二十歳」と女性が最も美しい頃です。「娘十八、番茶もでばな」とも云われる様に、若くて一番いい頃といっても、若さを持続させる事は出来ないのが此の世の定め。老いる事が如何に避け難いものか、しみじみと味わうのです。

「死なぬ子三人、親孝行」親に先立つ不幸ほど悲しいものはありません。 病気も気にせずすくすく育つのが親の喜びですが、ところが一喜一憂、元気な子が親不孝だったら・・・心配は尽きる事がありません。期待し過ぎて子供を駄目にする事もよくあります。 「親孝行したい時には、親はなし」とは子の常です。「親孝行し尽くしたから、親も満足だろう」と言い切れる子は何人いることか。「親孝行したくないのに、親がおり」が普通ではないでしょうか。とかく此の世は儘ならないものです。

「使っても減らぬ金百両」人間は貪欲なもので、お金お金と無理して貯めて、貯まった途端に息が切れ、地獄か極楽か、貯めたお金を道ずれにしますか。

「死んでも命があるように」誰しも永遠の命を望むようですが、此の世は所詮『四苦八苦』アア、ヤレヤレ。 「死んで花実の咲くものか」おもしろ・おかしく生きる事です。





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