宗派を超えた・やさしいPC法話

空(くう)より生まれて空に還る

古川範男  

この度は本当に御愁傷様です。御家族を失われた方々の喪失感というものは、関係者でなくてはとても理解できないとは思いますが、実は故人はまだ「本当に亡くなった」訳ではありません。と言うと驚かれる人がいるかも知れません。こういうことです。故人の思い出や記憶を、心の中や頭の中に留めている人がいる限り、その人の心や頭の中に故人は生き続けます。この地球上にそういう人々がいなくなって初めて「本当の喪失」がやってきます。

このことを、もっと科学的な、物理的と言ってもよい、別の角度から申しあげましょう。私たち人間を作っているものは何かと言いますと、いろいろな細胞です。その細胞を、顕微鏡などでもっと細かく見ていきますと、様々な分子が出てまいります。さらに酸素や窒素、炭素という原子が見えてきます。最近ではさらに微細な物質として、素粒子というものが続々と発見されています。クウォークとかニュートリノと呼ばれています。つい2,3年前には、物に重さを与えるといわれるヒッグスという素粒子が発見されました。お聞きになったことがあると思います。我々の体は、元をたどればこういう見えない物質でできています。

見えないけれどもある、あるけれども見えない世界。般若心経で言うところの「空(くう)」の世界です。

137億年前に宇宙が誕生した時には、こういう目に見えない素粒子が中心に凝集しビッグバンが起こったのです。以来ずっと宇宙は拡大を続けています。その過程で、46億年前に地球が誕生し、360万年前に人類の祖先が生まれたとされています。我々一人一人の体はみんな、この宇宙の歴史、人類の歴史を負っているのです。

もうお分かりでしょう。我々人間はもちろん、あらゆる生命、物質が「空」から生まれ、役割を終えてまた「空」に戻るのです。人間が死ぬということは、人間の形は無くなるものの、元の「空」、つまり原子や素粒子に戻るだけなのです。しかもこれらの原子や素粒子は未来永劫無くならないことが証明されています。

元に戻った素粒子や原子は、また、新しい生命のために使われるか、たとえ使われなくても、ずっと「千の風となって」我々の周りを漂い続けるのです。

お釈迦様は80歳でお亡くなりになる時、弟子たちに「死んだらどこへ行くのですか」と問われて、「どこへも行かない。お前たちの周りにずっといるよ」とお答えになりました。素粒子や原子という言葉は当時ありませんでしたが、この世の仕組みを理解しておられたのです。

考えてみれば、人間として生まれるということは、非常に貴重なことです。我々の体を作っている、原子や素粒子は場合によれば虫けらや雑草になっていたかも知れません。ありがたい御縁によって人間になりました。ですから人間として縁を頂いたからには、その類まれな有難さをかみしめて、「人間として生まれて良かった」「生きてきてよかった」と言える人生を過ごして頂きたいと思います。―――――終り