宗派を超えた・やさしいPC法話

大地に根を張る人生

釋学誠

今夏開催されるロンドン・オリンピックに向けて注目を集める選手がいます。マラソンの川内優輝さんです。川内さんは埼玉県職員として働く公務員の市民ランナーで、実力は日本人トップレベル、その素朴な人柄と、ゴールに倒れ込むまで懸命に走る姿が人気の若手です。わたしも埼玉県に住むひとりとして、川内さんを応援しています。

川内さんは雑誌のインタビューで自分のマラソン人生を振り返り、こう話していました。「高校時代は五千メートル14分台を目指し、駅伝で埼玉県代表として走れば、箱根駅伝の強豪校からスカウトされるだろうと、将来陸上の道を進む夢を持っていましたが、高校二年生で腸けいじん帯を傷めたため、高校生活の後半は全く走れず、最大の挫折を味わいました。進学した学習院大学では自分に才能もなく、実業団からの誘いも来ませんでした。大学卒業後もしばらく母校の監督に指導を受けていたのですが、徐々に自分の理想とのギャップに悩むようになり、走行中に派手に転倒したことがきっかけで、指導者から離れて独立することを決めました」。

川内さんは現在監督やコーチを持たず、トレーニングを自分で考え、ひとり黙々と練習するスタイルで知られています。「振り返ると、挫折と失敗の連続でした。ケガをしたから無理せず走ろうと思い、弱小校だから自分なりに工夫し、市民ランナーだから時間をやり繰りしてトレーニングに集中しなくてはいけない。落ちこぼれたことやエリートの道を外れたことは、自分にとって発想の転換になりました。

だから私は、走るということが実業団か市民ランナーかの二者択一ではないということを知ってもらいたいのです。自分に合った形を見つけることが、競技を続けるうえで一番大切だということを若い世代に伝えたいのです」。

川内さんは大学時代の恩師で陸上部監督、津田誠一さんの言葉がいまも思い出されるそうです。ハード過ぎるトレーニングで故障がちだった川内さんに、津田監督は言いました。「頑張るな」。この言葉を何度も聞き、川内さんは不思議と記録が伸びたと語っています。

「頑張るな」。わたしたちは反対に「頑張ろう」と自分自身を励まし、「頑張って」と人の背中を押します。では、何を拠り処に頑張るのでしょう。わたしたちの心は日々、単に社会的な価値観に押し流されているに過ぎません。ただ押し流されているだけのわたしが、何を「頑なに」「張る」というのでしょう。

大地がなければ種は芽吹かないように、ゆるぎない大地に根をおろすことはわたしたちの人生で最も大切なことです。それはお金という大地でしょうか。名誉や学歴という大地でしょうか。家族や夢という大地でしょうか。大地に根を張っていなければ、頑張ることも頑張らないこともできません。

親鸞聖人がお示しくださった数々のお言葉のなかに、

「心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す(教行信証後序、浄土真宗聖典p473)」

というお言葉があります。

わたしの心を本願の大地に根を張り、思いを不可思議の大海に流そう。それは親鸞聖人ご自身のお気持ちでもあったと思います。わたしの心は阿弥陀如来のお心の大地にしっかりと立てる、それは成功も失敗も、どんなときも揺るがない根をおろすことです。台風がきて枝のたくさんの葉が舞い散ろうとも、大地の下では太い根がびくともしない、揺るぎない大地に自らをゆだねていくことです。同時にそれは、社会的な価値観に押し流されてきたわたしが、いかにつまらないものを握りしめてきたか、いかに頼りにならないものを頼りにしてきたかわかることでもあります。

人生を通して拠り処になるものは、たったひとつしかありません。わたしの心が仏法の大地にしっかりと根をおろしていれば、日々の感情と思いは、人生の順境も逆境も見通した教えの大海のなかに安心して流すことができます。

人生の拠り処となる深い教えに出遇えたよろこびは、頑張る、頑張らないという世界を超えた、何ものにも勝る安心を与えてくださるのです。

                              合掌

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