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阿弥陀三尊

ほうげん

東京国立博物館において開催された 国宝 阿修羅展に 法隆寺様から特別出品された橘夫人念持仏(たちばなぶにんねんじぶつ)は、光明皇后の実母である橘 三千代(たちばなのみちよ)様が日々拝んでおられたと考えられる  阿弥陀三尊像で、波や蓮をモチーフにした銅板製の蓮池から 三本の茎が上に伸び、中央の茎上の蓮華に阿弥陀仏坐像、両脇の蓮華上に 観世音菩薩・大勢至菩薩立像が配置される、ふっくらとした 穏やかな表情の 飛鳥時代後期を代表する三尊像です。 後屏には 化仏(けぶつ)や天人が配置され、 全体として西方極楽浄土を表現している、といわれます。

法隆寺様の 大宝蔵院の中庭の石畳には、この蓮池のデザインが 拡大して 再現されています。

大無量寿経というお経の中には、阿弥陀様の国に 最尊第一の菩薩様が  二名 おられ、一が観世音、二が大勢至 と記され、 観無量寿経というお経には、阿弥陀様と両脇侍菩薩のお姿が 描写されています。

阿弥陀経によれば、阿弥陀様の極楽国土には七宝の池があり、八功徳の水が  その中に充満し、池の中の蓮華の大きさは車輪の如し、とのこと。こうした  お経に記された世界を 具現化したものが、阿弥陀三尊像と考えられます。

飛鳥の山田寺の阿弥陀三尊像は、橘夫人念持仏よりも さらに時代を溯り、現在は東京国立博物館内の法隆寺宝物館に N-144という番号で常設展示されております。 台座の背面に「山田殿像」と刻まれたこの仏像が、公開されている 日本に残る 最古の阿弥陀三尊像、といわれております。

飛鳥時代には すでに 阿弥陀三尊が、極楽往生を願う人々の信仰の対象になっていたことがわかります。

平安時代になると、極楽往生信仰が広く知られるようになり、ついに   「地上に出現した極楽浄土」とも喩えられる、池の中島に建つ平等院鳳凰堂 (阿弥陀堂)が建立されます。日本国の硬貨のデザインにも採用されている  平等院鳳凰堂は、極楽の宝池を望む 均整の取れた 阿弥陀様のお堂です。

蓮ライン