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宗派を超えた・やさしいPC法話

受け念仏

麦里 法見

浄土真宗には、「節談(ふしだん)説教」が今日も継承されています。

「節談説教」とは、真宗でいう「ご法話」に抑揚をつけて語る手法です。

お話の内容は、「ご法話」つまり「仏法のお話」ですが、随所に抑揚を付けた話し方を織り込みながら語ります。

「節談説教」の源流を遡ると、12世紀から13世紀にかけての天台僧の澄憲・聖覚法印父子の「唱導」安居院流がその源流となるようです。唱導は中国から伝え来た、仏教の教義を音韻抑揚を付けて語る手法です。

節談説教に、「受け念仏」ということばがあります。

「受け念仏」とは、説教者のお話しの途中で、聴き手がいいお話しをいただいたと感じ入ったところで手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱える、その念仏を「受け念仏」と言います。

例えるとこうなります。

説教者♪ 「真宗でよく『光』という言葉が出てきます。宗祖親鸞聖人の作られた正信念仏偈にも『南無不可思議光、普放無量無辺光』等々随所に用いられています。この『光』とは、ピカピカ光る光のことではなく、私たちのこころの闇を闇と知らせることにより、そのこころの闇を破る用きのことを『光』ということばで現わしているのです」
聴聞者 「なんまんだぶっ なんまんだぶっ なんまんだぶっ」

となります。

この口から出る念仏は、自分が意識して唱えるというよりは、いいことばをいただいたという感謝の気持ちから体が反応して、自然(じねん)に口から出てくる感覚です。

30分くらいのお話の中で、そんな場面が5回あったとして、15回から20回は一編の節談説教で口から念仏が出ることになります。

念仏は、親鸞聖人から「本願を信じ念仏申せば仏になる」のことばをいただいている真宗門徒にとって信心の証です。

節談説教に、念仏の意義と併せて浄土門仏教の原点を見出すことができる思いです。

麦里法見 

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