僧侶の派遣は明確なお布施の「はちす会」
宗派を超えた・やさしいPC法話

修正会

麦里 法見

浄土真宗においては新年になり、最初に厳修する法会が「修正会」です。

「しゅしょうえ」と読みますが、この法会の持つ意味を分かりやすくする読み方は 一般的読み方である「しゅうせいかい」だと思います。

一年の初めに当たり、御同朋御同行が集まり、自分自身の生きてきた在りようを振り 返り、これから歩み出す方向と在り方を修正、確認するための時を、年の初めに持つ ための法会です。

歩みを確認するために、道俗ともに大切にしたいひとつのことばがあります。

それは曽我量深師の 「信に死し願に生きよ」です。

このことばは、1961年(昭和36年)親鸞聖人七百回御遠忌を迎えるにあたっての 記念講演会における師の講題です。語られた内容は東本願寺出版部刊真宗文庫『親鸞の世界 』に収録されています。

「信心を得るに至れば我執が死に、本願の道に生きることができる」との受け止めで すが、親鸞聖人の『愚禿鈔 』の「本願を信受するは、前念命終なり。即得往生は、後 念即生なり。」(東本願寺『真宗聖典 』P430)のことばも同時に語られ、受け止めが広 がります。

修正会において立ち止まり、見詰め直すのは「信に死し願に生きた一年でしたか?」 という問いかけに対して、自分が返すことばです。

多くの方が「う〜ん」と唸って考え込んでしまうのかも知れません。たまにはことば としての受け止めがあったかも知れませんが、自分の生き様としてそれに近づくこと ができたかというと残念ながら疑問です。

年の始めに、自我への執着を離れ、如来の本願力によって生かされているいのちに 感謝する時をもつことができる「修正会」に、いまいのちをいただいて立ち会うこと ができていることが喜びなのです。

南無阿弥陀仏

麦里法見 

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