宗派を超えた・やさしいPC法話

一口法話

  孝芳

葬儀をとおして「生きること、死ぬこと」について、 いっしょに考えてみましょう。

できることならば死は避けたいものですが、人は死に 向かい生きているのは現実です。

できることならばよりよく死にたいですが、それを選べ ない現実もあります。

「よりよく死ぬこととは、よりよ<生きること」であると 考えられないでしょうか。

私は、葬儀には人生の最後にふさわしい人間としての 尊厳が必要だと考えます。

平凡でもいい、その生きてきた時間の中には笑顔と温か みがあったはずです。また、そういう胸に残る思い出とい うものは、派手でなくとも、また、真面目で堅物でなくと も、粛々と積み重ねられてきた「生きる」というものがあ ったからに他なりません。

永別の別れを迎える葬儀では、故人がどこで生まれ、ど のような縁に預かり、今に至ったのかという、生きてきた 軌跡が集約されるべきだと思います。葬儀は、故人の人生 をあらわす大切な時間なのです。

私は故人の人生をつづり、読み上げる「諷誦文(ふじゅもん)」を大切にしています。昨今では形式的に市販の物で済 まされてしまうため、その技術も失われてきています。

しかし、故人のどんな「生きてきた」でもいい、記録に つづるということは、記憶の中で生きつづけることになる からです。

「諷誦文(ふじゅもん)」は葬儀後に御遺族にお渡ししていま す。あたたかな思い出として生き続けることでしょう。