生後4ヶ月で旅立った娘さんが残されたご両親に託したこと。

松岡洋右

最近、話題になった事件に佐世保女子高生事件があります。そこで必ず言われるのが、命の大切さの教育に効果があったのかという問いかけです。

でもそういう教育はできるのでしょうか?

そもそも何故人を殺してはいけないのかという問いに答えることができないと彼ら自身が言っています。

今ここにいるご両親も、3年前には答えることはできなかったのではないですか?

でも今は、うまく言葉にすることはできないかもしれませんが、命とはどのようなものか、どのように大切なのか、3年前よりもはるかによく分かったのではないでしょうか?

純子さんが生まれた日、純子さんが亡くなった日、この喜びに震えた日、悲しみに打ちひしがれた日、この2日という時間の価値は、平穏な日々の10年分以上の濃密な時間であったでしょう。

そう、命の大切さとは、自分が体験しないと分からないものです。

はるかな昔から、悟りを開いた、神様の啓示と受けた、という宗教者はたくさんいました。人格者と言われる人もたくさんいました。

人の死に対しては、実に立派な態度で遺族を慰めていました。それで周囲の尊敬を受けていたのです。

しかし、そういう立派な人も、自分の家族の死に際しては、全く普通の人になってしまいました。普通の人と同じように、泣き叫び、取り乱して、悟りも神の啓示も吹き飛んでいました。

周囲の人はそれを見て失望したかもしれませんが、当人たちは、今までの自分の傲慢さをそこで初めて知ったと言います。

命の大切さとは、格好をつけていたら、理解できないし、ましてや人に教えることなどできないのです。

人が何故生きるのかという問いの答えもここにあると思います。

純子さんの生涯は確かに短かった。しかし、純子さんはご両親に命とはどのようなものを教えてくれました。

ご両親はまだ若い。残された時間は長い。

これで人が生きる意味の答えがでたと思いませんか。

純子さんの人生の意味は、ご両親に命とはどのようなものかを教えることだった。

ご両親の人生の意味は、純子さんに教えてもらった命の大切さをリアルなものとして人に伝えることだった。

よく、人は生かされているといいます。それはこういう理解をしないと成立しません。

ここでは時間がないので省略しますが、ご両親の最後のときには、再び純子さんに会うことができます。

これは宗教の教義の話ではなく、東北大学大学院の先生の研究の結果です。くわしく知りたいなら、鬼籍の親、お迎えで検索すればでてきます。

もちろん、これはあの世のメッセンジャーが証明されたというわけではなく、幻覚だということもできます。どちらか分からない。

しかし、これだけは言える。そういうことがあると思っていたほうが、人生は楽になる。そして得にもなる。ここはパスカルの賭けというワードで調べてください。

数十年先に再び純子さんに会ったとき、純子さんの人生は、実に短かった。しかしその純子さんの人生を無駄にはしなかった、純子さんの人生を多くの人のために役立てることができたと報告してあげてください。

合掌(終了)。


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