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宗派を超えた・やさしいPC法話

合掌して「いただきます」
していますか?

一門徒

ある法座でのお話しです。

住職
「赤ん坊が生まれてくるときに どういう手をして生まれてくるか、みなさんご存じですか?」
一同
「・・・?」
住職
「みんな握って生まれてくるのだそうです」
一同
「ヘー!」
住職
「この、握って生まれてきた手は、誰からも教わることなくこうして合わさる(合掌する)ことはありません」

と、お聞かせいただきました。確かにその通り!と思うと同時に以前新聞に取り上げられた出来事をおもいだしました。

それは、もう10数年前のことです。富山県のある小学校で、昼食の前に全員揃って合掌して「いただきます」と唱和していたそうです。ところが、一人の親御さんから学校へ「うちの子に合掌をさせないでほしい」との要望がありました。学校で検討した結果「合掌していただきます」することは止めましょうということになり、それが朝日新聞に掲載されたのです。

その親御さんは、信教の自由という立場から「特定の宗教のやり方を押し付けないでほしい」という意図で「うちの子に合掌させないでほしい」という要望になりました。

これは極端な例かもしれませんが「合掌してくれるな」という親もいらっしゃいます。合掌するという事は、決して「当たり前」の事では無いのだと思うのです。本来ならば、合掌などできようはずもない私が、今、現にこうして手を合わせているその事実を実は「当たり前」ではなく「ただ事ではない」とは思いませんか?

この、握って生まれてきた私の掌を「合わせることのできる子に育ってほしい」「あらゆるいのちに生かされていることに感謝して『いただきます』のいえる子に成ってほしい」との願いをもってお育て下さった方々がいらしたことを大切にさせていただきたいと思います。

それぞれの宗派において、食事の前後に唱和することばがあるのではないかと思います。

ご確認の上、家族揃って一家団欒のひと時をお過ごしください。

                        合 掌

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