古風土近江万葉人---法話

古風土近江万葉人

ご正忌報恩講のお勤めの後、引き続き、我が家の『報恩講』にもお参りいただきましたこと厚く御礼申し上げます。

   

最近は、読書もあまり出来ていない身の上でありますが、お一つ、お話をさせていただきます。無常観と言う言葉を考えて見たいと思います。

 

仏教では、古来より「諸行無常」と云って世の移り変わりを「現す」言葉として使ってまいりました。仏教の『基本原理』でもあります。この世のものは、すべて移ろい過ぎゆき、滅すると云うことです。鴨長明の『方丈記』では、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまる例なし」

 

現代語に訳しますと、「人間の身体は連続しているが、同時にもとの身体ではない。身体を構成する細胞は、一方では死滅し一方では再生し、永遠に生き続けている訳ではない」と言う訳になるでしょうか。

 

私達、人間の細胞は約60兆の細胞で構成されていると云います。その60兆の細胞の2%(約一兆二千億個)が毎日、死滅してまた再生されているとことです。入れ変わっていると云うことです、その結果、75日後には、人間の細胞があたらしくなると云うことです。 だから、人の噂も、75日と言いますが、・・・これは、冗談です。

 

室町時代、浄土真宗中興の祖とされる本願寺8世の蓮如上人も、この世はすべて無常である、そのことを「白骨のご文章」では、 ・・・夫(そ)れ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに。おほよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。されば、いまだ万歳の人身をうけたりといふことをきかず、一生すぎやすし。(後略)

人間の存在をこののように説かれています。この文章を見て、いつも私が思い浮かべるのは、古代の奈良時代の政治に登場する人物でありますが、、最愛の子をなくしたとき、どんな行動を取られたかと云いますと・・・「東大寺」で、「金光明最勝王経」を僧侶に「何度も称えよ」と命じています。悲しみを癒すことが「お経」を称えさせることでは出来ない事は分かっていても、何度も命じています。充分には言えませんが、悲しみを癒すことが出来ないが、そうせざるにはいられない「心理状態」は、今も昔も変わらないのではないかと思います。

 

私も町役場・市役所在職の折り、25歳で高校時代仲のよかった「同級生」や、40歳台ころと58歳の頃に職場では、2人の「同年の歳」の職員の死に巡りあいました。

 

上司であった職員さんも、数人、手を合わせさせていただいたことを、いまだに思い浮かべます。ある方は自殺であったり、病気であったり、不慮の事故であったり、死に様は様々です。

そう言った方々を思い浮かべる時、いまだに涙が出てくるのを禁じ得ません。そう思っている間に、私も「老い先」の方が身近くなった「歳」に近づいたかなとも思います。

   

昨年の末、NHKの番組を見ていましたら、昨年、ご逝去された著名人の方々の特集が組まれていました。お名前は忘れましたが、「アンパンマン」の著作者であった方も亡くなられたそうであります。

 

テレビを見ていて、95歳でありましたか、青春を使いながら燃え尽きられたようです。でも、「アンパンマン」が世に出たのは、その方が69歳の頃、らしいです。

 

これを聞いて、こんなことを感じました、まだまだ、「人生の最盛期」は「私もこれからかな」と言う思いです。禅宗の僧侶の方も、「般若心経入門」という本を書いたのが、65歳のころ、それから約30年あまり、宗教界で活躍されたと云います。

 

清水寺の管長さんも、100歳を超えるまで、熱心にお話を説いておられ、80歳は、まだまだ「はなたれ小僧」だと云っておられたとも云います。

 

親鸞聖人も、「愛欲の広い海に沈み、名利のたいせんに迷惑し、清浄の心さらになし、」と、その思いは死ぬまで心を離れず、消えない」とさえ、言っておられます。

 

どの方も手本と致しますと、少々のことではへこたれてはいられない、生きるというありがたさを充分味わい、最後は念仏でお浄土へ旅立つまでは、「真剣」に生きねばならない云う思いに駈られます。

ある方の本に「役割説」と言うのがあります、私達は、仏様・如来様から、「様々な役割」を演じるように「依頼」をされ、現在、それを演じているのだ。「社長」「政治家」「平凡な男」「極普通な女性」・・・立場は違え、考えて見ると、色々な役割を人間は演じているようです。それだから、幸せなのだ、・・・こう言う考え方も、ある面ではいいかな。

 

演じたくても演じられない「役割」もあります。でも、出来るなら、「仏様の弟子」として、「地域で明るく人に接し、手をさしのべるという役割」なら誰にでも出来る「役割」ではないでしょうか。

 

でもそれには、人の世界でもまれ、培われた、貴重な思いを、次の世に伝える、それぞれの尊い経験の「人生修行」が必要です。

 

ことしも、みなさまともに、「良い役割」を演じ、明るく暮らしたいものです。でも、これだけは覚えておいてください。役割には、報酬はありません。ご褒美は、阿弥陀様から戴く、「南無阿弥陀仏」の念仏のみです。


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