報恩講法話---2014年

古風土近江万葉人

今日は、○○さん宅の報恩講で、お参りのご縁に預かりました。最近では、報恩講をお勤めになる風習(ならわし)も、時間帯が多種多様になって参りました。

 

昔は、どの家も夜の8時からと云うように営まれていた時期もあったことではないかと存じます。時代とともに、これらの変遷はやむを得ない事情もあろうかと存じますが、このようにしてお勤めを戴いたこと自体、貴重な「ご縁」と思い参拝を致させていただいた次第です。

 

法話と言うものは、文字通りに言いますと、仏教のお話をわかりやすく説明し、さらに信仰心を高めるための、住職が仏様からの「お取り次ぎ役」として、如来様のお話をさせていただくものです。こう考えると、身も心も、いい加減な思いでは話をしてはいけないと考えます。昔から、僧侶も「如来様」「仏様」のお心を、正しくお伝えし、念仏を正しく相続していていただけるように心がけるのも、僧侶の務めと思います。

 

よく○○△▲さんから、お聞かせいただくのですが、私の祖父が「後生一大事の話」を聞くのだから、「真剣」に「お聴聞」をさせていただかなあかん。そう言われているのを思い浮かべます。うちのおじいさんが、昭和37年になくなり、もう52年を迎えさせていただくことになりますが、祖父の存在を今更ながらに、身近に感じさせていただけるようになりました。

 

報恩講では、やはり親鸞聖人の「伝説」(おはなし)をさせていただくのが一番です。ある学者の書かれた本に「下野(しもつけ)と親鸞 」と言う本があります。この本の中に「花見ヶ岡の大蛇済度」というお話が掲載されておりましたので、紹介をさせていただきます。下野市国分寺花見ヶ岡の蓮花寺に、親鸞が大蛇を済度したという伝えがある。『親鸞聖人花見ヶ岡大蛇御済度之縁起』によれば、次のような内容です。

 

付近の領主川井兵部(かわいひょうぶ)の妻は、夫が女性を囲って自分を疎んじるのに嫉妬し、二人を喰い殺してしまった。妻は嫉妬のあまり頭に角が生え、口は耳にまで裂け、身に鱗(うろこ)が生えると云う恐ろしい姿になっていた。そして深い淵に潜んで大蛇となって、世に女性がいるから嫉妬も起きるのだ、すべての女性を殺してやると、村人に毒気吹きかけて喰い殺すようになった。特に毎年9月1日には、若い女性一人を生け贄(いけにえ)に差し出させていた。

 

建保3年(1215)、宝の八島の神主大沢掃部正友宗(おおさまかもんのかみともむね)の一人娘が、籤(くじ)で生贄(いけにえ)と決まった。困った友宗は折から通った親鸞に助けを求めた。親鸞は娘に、「これは前世の業がつたないのでやむを得ない。しかし、念仏を称えれば、阿弥陀仏の力で来世は極楽往生疑いなし」と教えた。娘は泣きながらも、「浄土に生まれるのはうれしい」と親に別れを告げた。大風雨の中、大蛇は娘を一口で飲もうとしたが、念仏にうたれて水底に沈んでしまった。娘は家に帰ることができ、出家して「念妙」という名を親鸞からもらった。親鸞は大蛇の為に、阿弥陀仏に関する経典「無量壽経・観無量壽経・阿弥陀経」を7日7晩読んだところ、大蛇は女性に戻り、極楽往生したと言う。此の時に空から蓮華は降ったので。親鸞が付近を花見ヶ岡と名付けたという。大蛇が沈んでいた淵は「親鸞池」と呼ばれるようになったという。

飽くまでこの話は伝説として受け取るのが本位かと思います。昔は下野の土地が、よく氾濫し田畑の流されたことから、大蛇の伝説があったものなのかも分かりませんが。

 

大蛇が人を食らうと云うことも、洪水などで人がよく流され、当時の多くの方が苦労なされた土地であったのかをあらわすものと解釈します。

 

女性が大蛇に変身するという話はいただけない話ですが、今風に云うならば、人間の存在と言うものは、男性であれ、女性であれ、ねたみやすい、自己中心的な存在であると言うことを「大蛇」に例えたものではないかと考えます。

 

そう言う人間なればこそ、阿弥陀仏は、必ず救っていただけると言うものではなかろうかと思います。嫉妬深い存在とか、女性を揶揄した言葉もあることは事実ですが、女性が社会に中でおかれていた「歴史的背景」を深く考えねばならない「伝説」かとも思います。 現代的な感覚で、「伝説」を批判するより、底に深く隠された「当時の人々」の信条なども考える必要があります。

 

五木寛之さんは、『歓ぶこと・悲しむこと 』の中で、「宗教の存在」をこのように言っておられます。

 

闇夜の中を重い荷物を手探りで歩いて行く中で、宗教とはその行く手に灯る一点の灯火かもしれない。或いはその険しい山道、右が断崖、左が絶壁で、一歩誤れば落ちてしまうと云う不安と苦悩の中で手探りで歩いている。ひしひしと重い荷物は背中に食い込んでくる。こう言う中で、月の光のように道を照らしてくれる一条の光が宗教かも知れない。こんな風におもいます。ですから、例え信仰とか信心とか、そう言うものを得たからといって、生きて行くことの苦しみや、悩みや、悲しみがいささかも減るものではないと思っています。・・・そう言うものにくじけないで、とにかく歩き続けようとする気持ちを持たせてくれるもの、それが宗教ではないか。・・・こう結んであります。

昨日も新聞見ておりましたら、阪神大震災が起こってから、もう19年を迎え、各地で追悼行事が営まれました。私の中学時代の同級生も、タンスの間に挟まりながらも、何とか命だけは助かったという友もあります。

 

この地震でこの場所で、母と兄をなくした、もうこの世にはいないが、この場所に来ると、「母と兄」がいてくれると思って、訪れたと話をなされていました。

 

普段は気が付かないですが、家族のつながりや、人間としての思いやりの必要さを感じさせてるものが、必要だと思います。

 

人とは、よくよく考えれば、何と浅ましい、何と欲ばった悪人なのかと思う事さえあります、こうした姿をよくよく見透かされているのが、「如来さま」です。

 

報恩講は、如来様の教えをお説きくだされた「親鸞聖人」の命日を忍ぶ日であり、我が身の至らなさを再度振り返り、我が身を思い返す法要でもあります。

どうか今年も、一年、如来様の思いを、親鸞様の思いを胸に、御念仏を喜び、尊いご縁を大切にする人間であること心がけたいものです。報恩講に際しての、御法話とさせていただきます。


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