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「真剣に」

おむら

人の行動に対してはあれこれと比較し、批判をしたりと単なる批評家になりつつある現代において、自ら進んで真の生き方を学ばなければならないのではないでしょうか。

教育を始めとし、大人たちの行動あらゆる面で社会全体が何か違った方向へ進んで行っているような気がしているのは私だけでしょうか。

そもそも、これらの世の中を造ってきたのは誰でもなく、私達一人一人なのではありませんか。

他人事では済まされません。自分たちのことなのです。

そして、本当の自分を活かす時、見栄えとか世間体等ということを考える必要もなく、人として仏の子としての生き方に徹し、生かされているという自分を感じ、相手に対する慈しみの心思いやりの心を忘れないで生きて行くと言うことが必要なのではないでしょうか。

それ故、今「自灯明(じとうみょう)」、自らを灯りとす、この教えを私たちは思い起こさなければ。

それにはまず、自らがお互いに襟を正す事こそが第一歩となって、皆共に暮らしやすく、優しい社会、居場所のある家庭というものを築いていけるのではないのでしょうか。

他人を当てにすることも必要なことかとも思いますが、それにも先んじて自らを灯りとして、お互いを照らし合うという暗闇の中のろうそくのように安心を得ることが出来るはずです。

出来ないことをする、やるということでは無く、自分に今、出来ることをお互いに生かしていく、お互いにお互いを尊重し、思いやりの心を持って接する時に、おのずから素晴らしい関係を保ち、心穏やかなに暮らせる社会となっていくものと信じます。

「良く整えられた自己」を拠り所とし、どうぞ皆様真剣に自分の行いを見つめ直して後、高く灯明を掲げ、一歩前に進んで行こうではありませんか。

未来の子供達のために。

合掌

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