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  「自殺大国・日本を救え」

大 山 健 児  

2004年のWHO(世界保健機関)の調べによると、日本は国別の自殺率が世界10位と なっています。

旧ソ連を除く先進国で第一位という有様です。八年連続で3万人以上の方が自ら死を 選んでいます。

死にたい気持ちになったことのない人には分からないことですが、死にたい人はそう いう気持ちで一杯です。どれほど励まされても、どれほど慰められても、そのようにしか考えられないのかもしれません。

この危険性は誰にでもあるのです。むしろ誰も免れないと言ってもいいでしょう。現 代の社会に耐えら れるだけの神経を持っていることの方がむしろ不思議なのかもしれません。

そこで、佛教が提案していることは何なのか?を考えてみます。それは一言で言え ば、私たちの生 きている立場を転換することだと思うのです。通常私たちは、自らの思考に基づいて 行動しています。

それが時代の価値観や常識によって作り上げられているにせよ、自らの思考に基づい て生活しています。

これが、順風満帆な時は問題ないのですが、いざ倒産だリストラだ不景気だと、左ま いになってきますと 自らの思考に基づいて生きる人は、極限まで追い詰められると自らの思考に基づいて 死ぬ人でもあった のです。

ということは、私たちの人生と言いますが、一体誰がこの人生の主役なのでありま しょうか?私の思考 を主役にする時、必ず行き詰まるのです。つまり私の人生の主役は私ではなかったの です。

アウシュヴィッツを生き延びたV・E・フランクルは、「我々が人生からまだ何を期 待できるかでなく、人生 が何を我々に期待しているかが問題である〜コペルニクス的転回が問題なのであ る。」と述べています。

これこが佛教の課題なのです。自分の思考に惑わされることなく、主役の座を明け渡 す。立場のコペルニ クス的転回こそが私たち人間が生きている意味なのです。しかし、常に私たちは自分 に縛られ続けます。

だからこそ、「佛に帰命せよ 法に帰命せよ 僧に帰命せよ」という声に絶え間なく 呼びかけあい響きあう 必要があるのです。この声こそが、よく絶望の他なき人間を救うのです。この声が世 界を覆い絶望の闇を 破ります。この声を聞く耳が開かれることで絶望に反して人間は勇ましく生きること ができるのです。

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