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孝養(こうよう)尊き(たっとき)

村上了山 

なによりも日蓮が心にたつとき(尊き)事候。
父母御孝養の事 度々の御文に候上に、
今日の御文のなんだ(涙)更にとどまらず。
我が父母地獄にやをわすらんと嘆かせ給う事の哀れさよ。
今既に孝養の志あつし、定めて天も納受あらんや
    
(四條金吾釈迦佛供養事より)

人は誰でも大切な人、自分を生み育てて下さった父母が亡くなられたならば、その御魂の安らかならんことを心から願う。

日蓮聖人が鎌倉で布教を始められた当時から法華経に帰依(きえ)し信仰をなさっていた四條金吾殿、しかしその強い信仰心を保っていたが故に、主君北条光時より御勘気を蒙り(怒りを買い)、家門は危うく、生命すら狙われる状況に追い込まれるまでになった。

このような境遇を、今は亡き父母はどのようにご覧になっているだろう。

そのような思いが彼をして「我が父母地獄にやをわすらん(地獄にいらっしゃるのではなかろうか)」と嘆かせた哀れさに日蓮聖人は涙が止まらないとお返事をされた。

四條金吾殿の信仰の篤きことはとても語り尽くせるものではない。

しかし、信仰の篤きこともさることながら、日蓮聖人が尊ばれたのは彼の孝養心の尊さであった。

苦境にあっても亡き父母の所在を気にかける。彼の孝心に対し、日蓮聖人は、素晴らしい孝養の志だと御褒めになって、親子の尊い契りの功徳として、必ずや諸天は金吾殿の父母を御守りし、彼の苦境をも御守り下さると伝えられたのである。

今は亡き大切な方への御供養(孝養)は何物にも代え難い尊い功徳なのである。今一度振り返っていただければ有難い。

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