義援金・救援金募集・日本赤十字社
宗派を超えた・やさしいPC法話

皆さんのご意見を見てみる

信心強盛とは

村上了山 

日蓮御房は師匠にてはおはせども餘(あまり)に剛(こわ)し。
我等はやは(柔)らかに法華経を弘むべしと云わんは、 蛍火が日月をわらひ蟻塚が崋山を下し井江が河海をあな(蔑)づり、烏鵲(かささぎ)が 鸞鳳(らんほう)をわらふなるべし。わらふなるべし。
(佐渡御書より)

人は、如何に信心強盛であるといってもそれは、自分の持っている狭い了見での強盛であり、法華経(ほけきょう)のために身命を一身に 捧げる程の強盛さを持ち合わせているかと問うたときに、持っていると応えられる人はなかなかいないのではないだろうか。 日蓮聖人が、人々を正法(しょうぼう)に導くために「摂受(しょうじゅ)折伏(しゃくぶく)は時による」との確信のもとで行った

折伏のために(こうむ)った数々の御法難(ほうなん)も、ただ強情、剛直だからそのような目に()うのだとしか理解できない幼き行者の弟子、 檀越(だんおつ)達は 「日蓮上人様は我々の師匠でありますが、余りに強情、剛直(厳しい)過ぎるのです。我々はもっと柔軟に法華経を弘めてゆく べきです」と師匠を(さと)そうとしたのである。

この弟子達の言葉に聖人は怒りよりも悲しみを、悲しみよりも(あわ)れみと(いつく)しみをもって 「このような物言いは、微々たる光しか発することのできぬ蛍が日月の光を笑い、蟻塚に巣くう蟻が中国屈指の名山である 崋山を見下し、井戸や小川の小さな流れが大河、大海を(あなど)り、烏に似たカササギが聖人(せいじん)出現の(あらわ)れである鸞鳥 (らんちょう)や鳳凰(ほうおう)を笑うが如きものである」と述べられたのである。

自分の狭い了見の信心を捨て、真の信心強盛とはいかなるものかを考えてみよ。と日蓮聖人はおっしゃっているにちがいない。 なんとかしてその御心に応えたいものである。

蓮のライン
空き墓情報
公開・仏事相談
お釈迦様に帰ろう
「はちす会」推薦・永代供養墓
お坊さんがうかがいます