宗派を超えた・やさしいPC法話

袈裟と衣について

酒井達誓

袈裟とは、インド、お釈迦様の時代から、僧侶が身に着けているものです。元は、目 立たない色の端切れを縫い合わせて、一枚の大きな布にし、纏いました。その後、 様々な変遷をたどり、美しい金襴の生地に変化しました。お葬儀・ご法事の際、僧侶 が一番うえに、着けているものです。よく見ると、田相(デンソウ)と言って、田の 畔のように、布が細かく裁断してあります。これは、煩悩を捨て、質素な布をつなぎ 合わせて着た精神を伝えているのです。

皆様が、よくご覧になるのは、大師五条(ダ イシゴジョウ)でしょう。これは、腰巻のようなものから、左の肩に広い帯で吊って いる形式の袈裟です。本来の袈裟の形より、かなり変形しています。もともとのもの は、スリランカ・タイの僧侶達が着ている、(男僧なら)黄色の布をイメ−ジすれば 良いと思われます。袈裟は、首から下げるのは別として、必ず、左の肩を覆っていま す。

とは、インドから中国に仏教が伝わった時、袈裟の下に着たものです。南中国に、 呉と言う国があり、その官吏の制服に似せたとも聞いています。

衣には、実に様々な 形があり、裾を引きずって、動き難いものまでありますが、普通に目にするのは、袖 が長く、下半分にスカ−トのような襞がついているものでしょう。

中国の王朝には、 色で身分を示すシステムがありました。衣も色によって、僧侶の位を表すようになり ました。日本に仏教が伝来して、衣の色により位をあてまめる制度も入り、時が経つ と、だんだん細かい決まりが定まっていきました。紫衣(シエ)を着るには、天皇の 許可が必要な時代もありました。明治時代の取り決めによって、皇室・国家が僧侶の 衣には、直接関わらす、宗派の代表者(天台宗なら座主・浄土宗なら門主)が、許可 を出すようになりました。

各宗派差異は有りますが、萌黄色(もえぎ・グリ−ン)→ 松襲色(まつかさね・グリ−ンとバイオレットの混合色)→紫色(しえ・ダ−クバイ オレット)→緋衣(ひえ・オレンジ)と昇進します。一方で、階級にこだわるのは良 くないとの考えにより、黒衣(こくえ)しか身に着けない僧侶も、おられます。又、 お葬式の際、導師に対する尊敬から、脇の僧侶が、謙遜して、萌黄を着ることもあり ます。

テレビなどで、袈裟と衣を、間違ったりしますが、下に着るのが衣、上に着け るのが袈裟です。時代劇で、衣だけ着て、将軍に謁見するシ−ンを見ましたが、誤り です。

さらに、日本は多湿な国ですから、衣の下に、白衣・襦袢を着こみました。又、朝 廷に伺う際、袴を着けたことから、やがて、朝廷とは関係なくとも、重要な儀式に は、袴を履くようになりました。それに加えて、頭にかぶるものや手にもつものが増 えて行きました。

一般的に、現在の僧侶は、インド・中国・日本の背景をを重ね合わせた上に、日本 の神仏混淆(シンブツコンコウ・仏教と神道のミックスされたもの)の名残をも含め た、格好をし、儀式をしているのです。

以上、袈裟と衣の違い、いわれ等について、お話致しました。お読み頂き、有難う ございました。

                                   合掌  

蓮ライン