仏事を通して人を教化するというのは何と難しいことかと常々考えています。 |
少々話は大げさですが、仏教成立の初期の頃には、その考えは口伝に限られ、仏像を作ることもタブーとされていたようです。つまり、人々はめったに聞けない仏の教えを出家者たちから聞かせてもらったり、仏というのがどんなお姿であるのか想像しながら信仰心を高めていったようです。 |
きっと人々は出家者たちが話す一言一言を決して聞き漏らすまいとして耳を傾け、その教えはまるで砂漠に水をまくかのごとく人々の心に吸収されていったことでしょう。 |
時代も場所も変わり、現代の日本。全ての取り巻く環境が釈尊の時代とは違っているとはいえ、生まれてきたその瞬間の人間の姿、そして人間の心の中にある本質的なものについては時間、空間を隔てても大きな差異はないでしょう。
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であるならば、やはり人間には真理を求める心があり、真理に出会うことを無意識のうちに待っているのではないでしょうか。
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仏教では縁というものを大切にします。たまたまこのような法話集を目にされた方がいらっしゃるとしたら、これも広い意味での仏縁です。
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仏教はなくなった人を供養するための教えではなく、今生きている人たちがどう生きてゆくかを導くものなのです。
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自分なりに縁を作って是非仏教にふれて下さい。
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元気なときは医者の話も坊主の話も聞かず、病気になったら医者に駆け込み、医者が手を離したら坊主の世話になる。今の世の中、これが当たり前になっています。
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ある病院の院長先生がおっしゃったそうです。「元気なときから、もっと言えば、生まれた時から医者と坊さんがいつも側にいることが大事です」と。まさに名言です。 |