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あるがまま

芒(すすき)

日々の生活に於いて、私達はまわりからいろんな知識をとり入れています。

大部分の人は、自分が納得できるから、ここが気に入ったからといってとり入れるでしょう。

例えば、言葉を使わずに何人かの人を介して情報を伝える「伝言ゲーム」ってのがありますが、伝達すべき事が最後にまったく別の事柄になっていることがたいていです。

仏様の教えは『御経』となって二千五百年もの長い間お伝えされてきました。

それは、自分の考えや解釈が入らずに伝えられてきたからです。しかし、現代では御経をお勤めするより、法話に重きを置く風潮があります。

これでは伝言ゲームと同じで、仏法が変質してしまうおそれがあるのです。これは、自分が納得できなかったり、満足できない部分はとり入れない自分独自の解釈を加えてしまうということが起こる元ではないでしょうか。

『御経』をお勤めしそれを聞く法要は、外国の音楽を意味もわからないにもかかわら ず、気持ちよく味わうことができるのと同じように、 お釈迦様がインドの言葉で今 まさに説いてくださる「今現在説法」であり、美しい音楽なのです。

法話はこのお釈迦様の説いてくださった教えの補助以外の何物でもないの であり、法話よりも法要のほうが本当は重要と言えます。

私達は今まで伝わってきた仏法をこれからも正確に伝えていくことが一番 大切な事であり、法要の中において仏法を味わい、自分の勝手な解釈を入れずに相い 伝える姿勢が、一般の生活においても生かされ、それが「ある がまま」の姿を受け入れ、親から子へ、子から孫へ伝わって、人生を有意義たらしめ る元ではないでしょうか。



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