ボタン 僧侶の派遣は明確なお布施の「はちす会」
文字の大きさ

皆さんのご意見を見てみる

  「人生の土台」

釋氏僧正

人生は楽しいこと嬉しい事半分、辛いこと悲しいこと半分と、それでちょうど良くできているのです。楽しいこと嬉しい事だけを求める生き方は、所詮無理があり、また絶対にそうはあり得ないのがこの人生であります。

人生観というものは、何をスタートラインにするか、また何を土台にするかといった、腹のすわりとでもいいましょうか、そのようなもので結構変わってくるものです。

自分の人生をどう生きるかという「こころのすわり」とでもいいましょうか、どこに自分の命の土台を置いてこの人生を生き抜いていくのか。ということをハッキリさせていませんと、ただそのときの状況で、あれがいい、これがいいと、あっちへふらふら、こっちへふらふら、一体私はどこ行くの?という人生になってしまいます。

仏教は、人生の苦をパッと取り除いてくれる魔法ではありません。また、仏さまに合掌し一生懸命念じれば、瞬間に苦がなくなるというものではありません。

苦悩をしっかりと受け止めて、それを乗り越え、力強くこの人生をいただいた命いっぱい生きさせていただくのが仏教、特に浄土真宗の教えであります。確かな間違いない「こころのすわり」は、阿弥陀さまの「必ずおまえを救うぞ」というお約束であります。なんと言っても人間の死亡率は100%、良い人・悪い人・若い人・年老いた人という前提条件に関係なく何時訪れるとも知れない無常の風、死の縁ではありますが、間違えの無い確かなものに支えられて1日1日を大切に力強く生き抜いていく日暮しの連続が私たちが行うことが出来る仏道ではないでしょうか。

如来さまの「わたしがいつもここにいるよ」「何があろうが、何がどうしようが、決しておまえを見捨てることの無い私がここにいるのだから、いただいた人生、力強く両手を伸ばして、精一杯生きてごらん」という呼び声を聞き、その声に支えられて、一人ではどうにもならないお粗末な私たちもなんとかこの人生を乗り切っていくことができるのであります。

阿弥陀如来のお慈悲に包まれて、尊いみ名「南無阿弥陀仏」をとなえつつ、強く明るくこの人生を生き抜いていきましょう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏    合掌

Topへ戻る

Key word of bookshelf

ボタン   僧侶の派遣は明確なお布施の「はちす会」