僧侶の派遣は明確なお布施の「はちす会」
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「さずかった命」

釈 秀教  

2011年 宗祖親鸞聖人750回忌ご遠忌 両堂ご修復のテーマは、「今、生命があなたを生きている」です。

生まれて、生きて、そして死んでいく。これが私たちの人生です が、死んでいくまでの人生ととらえるか、この命はさずかったもの であるととらえるかで、少し意味合いが違ってまいります。

私たちの命は仏様からさずかったものです。この世に人として生 まれて、真宗の教えに出会わせて頂いて、さずかった命を生きてい ます。

「人身受け難し、いますでに受く。
  仏法聞き難し、いますでに聞く
  この身今生において度せずんば、
  さらにいづれの生においてかこの身を度せん。
  大衆諸共に至心に三宝に帰依し奉るべし。」

今からやく2500年前、お釈迦様在世のとき、当時のインドの人々 は、この三帰依文を唱えて、お釈迦様の弟子として入門の儀式を行 ったと伝えられています。

人として生まれてくるのはなかなか得がたいことです。それなの に今、私たちは人として生まれてきています。私たちの前世は地獄 にいたといいます。地獄・餓鬼・畜生・修羅・天上・人間の6つを 六道といいます。前世は地獄に生まれ、今、幸いにして人間として 命を授かりました。

死んだらどこへ行く。

真宗門徒はお念仏さえ称えれば、一切衆生は救われてお浄土へい ける。畜生に生まれずに人間として生まれてきた。真宗の教えにも あえた。私たちのご先祖が真宗を選んでくださった。ずっとその道 をたどれば宗祖親鸞聖人が選択念仏の道こそが真の教えであると説 かれたところまでさかのぼることとなります。

阿弥陀如来の本願は「願生浄土」です。

一切衆生をお浄土に生まれさせるという如来の願いです。いつ死ぬ だろうかという不安な人生を送るのではなく、今、この生命を生き ていくのです。「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えて、如来とともに 歩む人生観を確立していくことが真宗門徒の生き方であると思うわ けであります。

合掌




 
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