宗派を超えた・やさしいPC法話

次の良き結婚に向けて

日蓮宗僧侶 柘植正也(つげせいや) 

僧侶には、様々な悩みが寄せられます。その中で多いことの一つが男女のことです。仏教の四苦八苦のうちの愛別離苦(あいべつりく)(愛する人と別れなければならない苦しみ)、怨憎会苦(おんぞうえく)(嫌な人、憎い人と会わなければならない苦しみ)、求不得苦(ぐふとくく)(求めても得られない苦しみ)に該当することが多いからです。

日本人の結婚状況も大きく変わりました。離婚の増加、晩婚化、生涯未婚の増加、高齢者に見られる籍を入れない事実婚など。

歳をとると、生活の不安や寂しさなどから、未婚の人に結婚志向が生じたり、再婚志向が生じたりします。私もそうした人達に沢山出会いました。その中で、私が思ったことをお話させて頂きます。

再婚を目指している人に、負の遺産を継続してしまっている人が多いことに気づきます。離婚によって悩み、傷つきしたのですから、同情もできます。しかし、再婚という新たなステップなのですから、気づいて欲しいことがあります。

負の経験を乗り越えて、負を過去のことにしてこそ、その人の魅力に繋がるということです。過去に大変なことがあっても、それを感じさせない明るさこそが素敵です。

出会った男性との会話の7割、8割が、別れた亭主への恨み節では、男性は女性を選びたくなくなってしまいます。

離婚の場合、相手が一方的に悪かったかのように話す人がいますが、果たしてそうでしょうか。私は、男女の問題は、9対1、8対2、7対3といった比率の違いはあると思いますが、どちらかが一方的に100%悪いということは、余りないと思っています。100%、相手が悪いかのように喋る人は、我を省みないのですから、同じ失敗を繰り返す可能性が高い人です。

亭主が浮気したから悪いというだけでしょうか(勿論、私は不倫を肯定する訳ではありません)。女性は、どのような奥さんだったのでしょうか。仕事で疲れて帰って来る男性にとって、奥さんは安らぐ存在であって欲しいはずです。そうでなかったから、男性は、外に安らぎやストレス発散を求めてしまったのかも知れません。

日蓮大聖人様は、

「矢の走ることは弓の力、男の仕業は女の力なり」

とも仰せです。

30代半ばの女性から、離婚の相談を受けたことがありました。彼女の言い分だけを聞くと、とんでもない亭主です。ナンパで出会って出来ちゃった結婚。堕胎を求められたが、拒否したので結婚。結婚当初から他に女性がいて、そちらにいることの方が多かった。亭主は自営業で、収入が多い時は、月に30万円もパチンコにつぎ込んでしまう。酒を飲みに出かけると、明け方までになってしまう。などなど。彼女から聞くと、ほんとうにひどい亭主です。

自宅に伺って、彼女と御主人と3人で話し合いました。結婚時の写真が飾られていましたが、彼女は金髪でした。若い時、ヤンキーだったのです。遊び人の男から見た時、自分に釣り合うターゲットだったのでしょう。その女性の質が、不真面目な男を呼び寄せてしまったのです。仏教が説く因果応報(いんがおうほう)なのです。自分自身を高めてゆかないと、再婚相手は、また自分と釣り合う男となってしまいます。

再婚を求めている女性から、「自分は死別だから、相手も死別の人がいい」、「自分は結婚して子育てをしたから、相手もそういう人がいい」と聞くことがあります。理解できることです。思いを共有できると思うからでしょう。

しかし、そこには大きな落とし穴があります。自分の経験にこだわり過ぎると、素晴らしい男性を見過ごしてしまい、悪い男性を引き入れてしまいます。

自分が離婚したから、離婚した男性がいいのでしょうか。男性の本当の離婚理由を知るのは、困難です。男性は、自分のイメージダウンにならない理由を設けるでしょう。男性が、自分のドメスティック・バイオレンスが原因で離婚したと言う訳がありません。

経歴が同じことよりも、人物そのものが大事です。人物を見抜けるかどうかが大事です。

日蓮大聖人様は、結婚なさいませんでしたが、信徒に夫婦や親子間のことを説いています。

つまり、経験したことと、正しいことがわかることとは、別なのです。何が子育てに大切かもわからないまま、子育てを終えてしまったバカ親は、あちこちにいるではありませんか。後になっても、自分がバカ親だったことに気づかないバカ親がいます。

経験ということで言うと、実は、世の中の99.99…%は、自分が経験していないことです。特定の経験しかしていないのに、そのことに頭が支配されてしまうから、返って正しいことが、わからなくなってしまうのです。

50代前半の女性が、年上の男性との結婚にこだわっていました。聞くと、3歳年下の男性と付き合って、結婚直前に反対された経験があったからでした。子供を期待できない女性との結婚は止めろという、相手親の反対でした。

しかしそれは、その人との経験であって、年下を選ぶと必ずそうなるという訳ではありません。彼女が辛い思いをしたのは理解できますが、トラウマから脱しなければなりません。

女性にとって、結婚は、職業の変化を伴うこと、伴いたいことがよくあります。

40代後半の女性が、結婚後は、いずれ会社員を辞めて、人生相談を始めたいと語っていました。そのための武器は、自分の人生経験だと語っていたことに、疑問を感じました。

先程申し上げましたように、人は限られた経験をしているに過ぎません。看板を掲げることなく、知人へのアドバイスをするなら、話はわかります。

僧侶の私がアドバイスをするのは、主に次の様なことが武器になっています。自分が完璧でないのは当たり前ですが、お釈迦様や日蓮大聖人様という、完璧な存在を得ているからだと思います。お二人を標榜し、そこに立ち戻るからだと思います。また、死という重みのあり過ぎることに関わり、様々な人生模様、家族模様に接することが多いからだと思います。また、私の場合は、日蓮宗霊断師会から霊断師として認定されていますので、信仰の法術によってアドバイスさせて頂いております。

40代や50代前半の女性から、70歳を過ぎた男性からアタックを受けたことで、意見を求められたことがあります。

私は、そうした男性が、人生の良きパートナーを求めているとは思いません。男の本能を満たしたいのです。良きパートナーを得たいのなら、年齢の釣り合いは大事です。あまりにも歳が離れてしまっていては、人生が進行してゆくステージが違い過ぎます。男性にとっては、思いを満たせて良いでしょうが、自分では申し訳ないという、女性への思いやりを失っています。テレビに映る芸能人や大富豪の人達など、特殊なケースと自分とを混同してしまっているのでしょう。

中高年の女性が結婚を求めるのは、男性の経済力を求めてということが多いです。勿論、多くの女性は、金さえあればいいとはなれません。男性の人物の魅力を見ます。結婚の目的は、男性の経済力を得ることで、選ぶ条件は、経済力だけではないということでしょう。

そうしたことは、女性の自然な気持ちでもありますから、批判することではありません。

大事なのは、自分も頑張るという気持ちがあることです。男性からすれば、ナマケモノのために苦労しなければならない、贅沢好みを満たすために苦労しなければならないでは、頑張り甲斐がなくなってしまいます。

生きて行くことの安心感の乏しい時代です。男性に乗っかって楽をしようという女性を掴んでしまったら、多くの男性にとっては、貧乏くじを引いた様なものです。

小学生にもわかる、アリとキリギリスの童話があります。