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宗派を超えた・やさしいPC法話

『世界にひとつだけの花』は、
むずかしい

宇田紅

仏教の世界では、悟って人間として最高の境地にある人を「無上尊」といいます。

「無上」とは上がない事、最高に尊いものという事ですが、今よく耳にする言葉でそれとニュアンスが近いと思われる言葉がSMAPの『世界にひとつだけの花』の歌詞のフレーズにある「もともと特別なオンリー・ワン」というところです。

何かの基準で競ってナンバー・ワン、ナンバー・ツーになるというのではなく、もともと特別なので「無上」と言い換えてもいいだろうと私は考えております。この歌詞のフレーズを聴くと確かに、何か自分の存在は人と比べてどうという事ではなく尊いのかな、と一瞬思えて感動するわけです。そして歌詞に更に従えば「その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい」となるわけですが、それがその事だけに一生懸命になれないのが実際の私達の実情ではないでしょうか。実際どこかで必ず人と比べてしまうものですし、正当ではないやり方ででも優位なポジションは確保したいと思ってしまうものですし、簡単に歌詞の内容をそのまま生きられるものではないでしょう。

我々は感動した事をそのまま生きられるような社会生活はしていないわけです。今私達が馴染んでいる社会にはそうしないで済むやり方を教えてくれる人や教えはほとんどないので、実際どうすればいいのかがわからないのが実情でしょう。

浄土に人を迎え入れようとしている阿弥陀様の理念は『世界にひとつだけの花』の歌詞の心に似ているところがあります。浄土に迎え入れられた人は、白い色の個性を持った人はもっと白く、赤い色の個性を持った人はもっと赤く、青い色の人はもっと青くしていただけるという意味の表現がお経の中にあるのです。で、それぞれが調和して「浄土」といわれる世界を作ることができるとあり、そうさせる力を阿弥陀様の「本願力」と呼んでいるのです。

そんな力がどこにあるのかという事や、またそれを本当の事として感じ取ったり信頼したりする能力が衰弱してしまっているという事が、我々の社会生活の根本問題のひとつではないかと思っております。

この問題をどう考えていけばいいのかという事は、この次からのお話でさせていただきたいと思っております。

                           合掌  

蓮ライン