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宗派を超えた・やさしいPC法話

平等である人間に
優劣などいらない

雲龍  

私達は、まず初対面の人とあった時、まず顔や服装などの外見で判断しがちです。勿論、身だしなみや服装は、社会生活を送る上で最低限、注意を払うべきマナーとも言えます。しかし外見のみに、とらわれて相手の人格をも全て決め付けてしまうのも大変、危険です。ひとつの逸話があります。

『昔、ある信心深き金持ちの屋敷前に一人の男が立って居た。見ると、破れた衣を身にまとった托鉢の、修行僧だった。迷惑に思った家主は人目に付かぬ様に、その僧を追い払った。やがて、時が立ち、家主は高僧を招き先祖の法要を営んだ。家主は高僧に感謝し、御馳走の膳でもてなしたが、その高僧は着ていた金欄の衣を脱ぎ膳に差し出した。不思議に思った家主が尋ねると、高僧は「この膳は私の為でなく衣に供えている様なもの」と言って立ち去ったと言う。』実は、どちらも同じ僧でありこの僧は後には世に「一休さん」の名で親しまれる事となる一休上人であります。

これは見た目や身分に惑わされる人間の心理を表した話ですが、現代に於いても言える事で、流行やブランド思考に執着し過ぎる傾向が見られるます。

それは人の外見だけに限りません。学歴や収入、肩書きなどにも及び、こだわり過ぎた挙句、目先の事に気をとられ相手の本質にまで目を向けなくなる様です。

その結果、人は人に勝手に優劣をつけたがります。また自分をよく見せようと高価なブランド品や高級車を購入し、多額のローンを組んで必要以上の見栄をはる事もあります。本来、人に個性は、あっても優劣など付けるべきではありません。

仏様は人間に対して優劣を付けるでしょうか。仏様の前ではどんな人も皆、平等です。学歴や肩書き、装飾品などで人格が決まるものではありません。

私達一人一人は超難関を経てこの世に生まれて来た素晴らしく美しい魂なのです。

                              合掌  

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