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宗派を超えた・やさしいPC法話

幸せについて

釈瑞応

人は誰でも幸せでありたいと願っているのではないかと思います。

しかし、その幸せというものは人それぞれによっておおきな違いがあります。その幸せを求める方法あるいは形、考えといったもので区分けしたもの、

それを仏教では煩悩、瞋恚(しんに)、愚痴という言葉で表して人間の抱える根本的な特質とみなしたのです。

煩悩とは人の持つ欲望といっていいでしょう、瞋恚とは怒り、すなわち他に対する無寛容、そして愚痴とは浅はかさ、他を傷つけても一向に気がつかない、といったことです。

さて、人は誰でも幸せになりたいと思っているといいましたが、では、煩悩、瞋恚、愚痴を抱えた者が本当に幸せになれるのでしょうか?

実は誰でも幸せになれるのです。それを教えてくださったのが、お釈迦様釈尊そのひとであります。

「よのひとびとはことごとく、さまざまの幸いをねがいさまざまの吉祥をねんずる。願わくは、わがために最上の吉祥を語りたまえ」と問えるものがありました。

釈尊はそれに答えて曰く。 (かなり長い偈文なので少しだけを記します)

よき環境にすまうがよい
よく父と母に仕えるは良く
つねに功徳をつまんことを思うが良い
妻や子を慈しみ養うはよく
またみずから正しき誓いをたつるが良い
正しき生業に励むはよい
これが人間最上の幸福である
これが人間最上の幸福である

他人を敬い、自らへりくだるはよく
愚かなる者に親しみ近づかぬがよい
たるを知って、恩を思うはよく
賢き人々に近づき親しむがよい
時ありて、教法(おしえ)を聞くはよい
また、仕えるに値する者に仕えるがよい
これが人間最上の幸福である
これが人間最上の幸福である

まだまだたくさん続いているのですが、これだけ見ても釈尊は特別なことを説いておられるのではなくごく当たり前のことを説いておられるのです。しかし、よくよく考えて見ますとこれらのことを実践することはかなりの覚悟が必要です。

仏教ではこういった考え方を中道といいます。

この中道という考え方をしっかりと身につけるためには、教えてくれる人が必要です。しかし、皆さんにはもう教えてくれるひとがいます。しっかり聞いていただければと思います。

                           合掌  

蓮ライン