ゆめほん雑記
2019年05月10日(金曜日)
レジのないスーパー、店員のいないコンビニ

 政府は消費税率を8%から10%に上げるのをきっかけにその衝撃を緩和するためにカード決済すれば期間限定で差額2%を還元するという方針を打ち出した。増税と同時にキャッシュレス化を進めたいという。
 QRコード決済、スマホ決済が進めば、いわゆるレジはいらなくなる。買い物は商品についているQRコードを読み取り、承認、決済すれば良い。支払いはクレジット会社が口座から後日引き落としてくれる。また食事はメニュー画面で選んで注文、食べ終わったらQRコードで清算。店員との会話もおそらくなし。人手不足の時代、店側にはいいかもしれない。
 しかし使う側は果たしていくら使ったのか分かりにくいのが欠点。スマホはいくらでも使える打ち出の小槌のようだ。油断すると使いすぎてしまう。何しろ口座から引き落とされるのは少し先、タイムラグがある。今現在使えるのがいくらなのかは分からない。
 現金主義がなくならないのは、もう一つ、Netを介する方法に漠然とした不安があるからだろう。なりすましだとか大丈夫か、仮想通貨だとかよくわからない。信用していいのだろうか。
 アメリカ政府が中国のインターネットファーウエイにスパイ行為の疑いあると世界中に使用禁止を求めた。インターネットでのスパイ行為を疑うということは、アメリカはすでに他国に対してやっていることなのでしょうか。情報は集められ、フェイク情報は無数に流される。
 キャッシュレス化はおそらく急速に進むことでしょう。信頼できそうなクレジット会社、店舗、そして自己管理、予算管理などが必要になりそうですね。



2019年04月26日(金曜日)
桜から始まる

 今年も例年より早くソメイヨシノが咲き始めた。よく見ると桜にもいろいろあって、ピンクの華やかな寒緋桜から、梅と競って咲く白い桜などずいぶんとたくさんの種類がある。このところ伊豆の河津でいち早く咲く河津桜が人気のようだ。色鮮やかなピンクの並木は早く春よ来いという人々の期待に応えてくれる。ソメイヨシノが咲いたか、まだ咲かぬか、と大騒ぎするのは不思議な気もするが、春待ち心の象徴になっているということなのだろう。誰でも暖かい季節、穏やかな気持ちを願っている。
 どこかのお偉いさんはアメリカのチョウチン持ちとなって、軍拡に走っている。仮想敵を強調し、武器を買いまくる。春を待つのは苦手のようだ。
 桜の季節は短いけれど、自然は次々と美しい花を咲かせる。やがてバラの季節がやってくる。そして同時に緑の季節。木の下暗がりゆくという5月。グローバリズムの中では、季節もときに混乱してくるけれど、ヒトのリズムはそう簡単には変わらない。美しい季節が待っている。



2019年03月26日(火曜日)
 夕方になるとどこからか小鳥の数百羽の集団がやってきて大きな木の中に飛び込んでいく。激しく鳴きながら止まる場所を争っているようだが、決まらず、やり直し。いっせいに木から飛び出してくる。しばらく空中を舞い、そしてまた木の中に飛び込んでいく。何度か繰り返しているうちに飛び出してくる鳥の数が減っていき、鳴き声も落ち着いてくる。彼らは寝る場所を探していたんだ。寝る場所の取り合い、仲間との力関係などがどの場所にするかを決めるのかもしれない。それにしてもなぜこの木なんだろう。木は他にもある。もっとも他の木は別の小鳥の集団が泊りにくる。葉が茂っていると中の鳥の姿は見えない。どんな争いをしているのだろう。あるいは譲り合いが。
 やがて冬が来て、葉がすべて落ちてしまった。小鳥たちはどこで寝るのだろう。夕方になると再び鳥の集団がやってくる。おそらく同じ集団だろう。周りの木のほとんどはイルミネーションがつけられ、クリスマスムードだ。こんなに明るいとさすがに寝られないだろう。だがあの木だけには明かりがない。わざとイルミネーションはつけなかったのか。それとも偶然か。鳥たちは葉のないケヤキにいつものように等間隔に止まった。水平に伸びる枝に見事に並んでいる。いやだが垂直に伸びる枝に落ち着かない様子で止まっている鳥もいる。裸木に泊まるムクドリ、都会で生活するのも大変だね。



2018年12月07日(金曜日)
年収200万円以下の人がたくさんいるのに、10億円以上の人もいるという。極端すぎる。アメリカン・ドリームとは誰でもいくらでも稼ぐ自由が与えられることだという。実際はそうはいかない。恵まれた教育を受けてエリートコースを歩む人とその日暮らしの下層生活者が同じ自由を持っていることはない。経済格差が広がることは社会を不安定にする。一部の人たちばかりに貢献する政府はやがて破綻するだろう。とはいえ世界各地でそうした我利我利亡者たちが支配する国がたくさんある。独裁国家。ところが独裁者はしばしば民主的手続きで選ばれている。ヒットラーも選挙で選ばれている。寄らば大樹の陰とばかりに少し力のある者に近づいていれば損はしないと集まる。果たしてそれでいいのか。道を誤ってはいないか。自分の意見はないのか。目先のことだけでなく、子や孫のためにも。


2018年11月27日(火曜日)
 連日台風が発生している。被害から復旧していないうちに次の台風が襲う。我が身を守るためには、できるだけ安全と思える行動をとるしかない。雨風がひどくなってからの避難はかえって危険だ。そうなる前に、明るいうちに避難行動をする。
 会社は社員の安全のため早仕舞いをする。お店は閉店を早め店員を帰す。交通機関は早めに終了することを衆知して運行を取りやめる。
 台風20号が関西地区を襲ったとき、人々は素早い行動を選んだ。マスコミも早い避難を呼びかけ、多くの人たちは安全策を講じた。実際には交通機関に間に合わず、いつもよりひどい体験を余儀なくされた人たちもいたに違いないが、危険が迫っているとき、多分大丈夫さ、大丈夫に決まっていると考えた人たちが被害にあったことを多くの人が知ったことは大きい。今回は画期的なことだろう。災害避難、安全確保の行動様式が一つ進化したということだ。
 危険が迫っているのに社員、店員を働かせたり、俺はいやだよと避難を遅らせる人たちが減っていくことを願っている。



2018年08月24日(金曜日)
避難体験

梅雨末期の大豪雨で西日本の広い範囲が土砂災害、水害に襲われた。気象庁は50年に一度の大雨が降っている、大災害が起きても不思議はないと警報を出した。直接住民に避難を呼びかけるのは市などの自治体だ。危険の大きい地区はもちろんわかっている。しかしそのすべてを監視、安全を確保することは不可能。住民に避難を呼びかける。しかし何年か前、ある市長の記録がある。避難指示を出せば住民は皆避難すると思っていた。しかし実際はほとんど動かなかった。サイレンを鳴らし、広報車を回しても動かなかった。あとで住民に聞けば、どうせ大したことないだろうと思っていた、という。その結果大きな被害が出てしまった。ところが隣の市では、人的被害が出なかった。住民は避難指示が出ていない地区さえも自主的に避難していたのだ。なぜだ。隣の市では防災避難訓練をマメにやっていた。このくらいの大雨だと危ないという感覚もあった。声かけあって避難したのだという。市長は避難指示は出しにくい。仮に大手の工場があって、機械を止めて避難させて、その結果大きな損害を工場に与えたと訴えられて、負ければ市長はその責任を取らされるかもしれないのだ。市長は気象や防災の専門家ではない。専門家の知恵をうまくまとめなければならない立場だ。責任は重大だ。住民はまず自助(いつ、どこへ、どうやって避難するか)考えなければならない。そして試してみることだ。ミサイル避難訓練よりはるかに意味のあることだ。


2018年07月09日(月曜日)
6月の終わりに30度ですから、7、8月は「半ぱない暑さ」ということになるのでしょうか。熱中症対策で都会はエアコンがフル回転、なのでますます外気は暑くなる。エルニーニョだかラニャーニャだか、よくわからないけれど長期予報は「平年より暑めです」とか。宮沢賢治の「寒さの夏はおろおろ歩き」よりはマシ。夏が暑いのはよしとするか。それにしてもそれにしてもである。2020年夏の東京オリンピックは大丈夫なんだろうか。


2018年06月26日(火曜日)
あれほど寒さが続いたのに、突然の春です。沈丁花、梅を追い抜きそうに桜は満開、慌てて辛夷、雪柳、連翹、花蘇芳たちが咲き始め、もともと咲いていた椿も負けずと大きな花を広げている。足元には水仙、土筆、蒲公英、一気に春だ。そしてチューリップやヒヤシンスのようなたくさんの園芸植物。ヨーロッパには6月の花嫁、6月に一斉に花が咲く、という言葉があるそうですが、東京では3月に一斉に花が開いたようです。暖かくなるのは嬉しいものです。テレビではどこかで台風3号が発生したと言っていました。暖かいのが温暖化の影響でなければいいのですが。ところで植物名を漢字で表してみました。興味を感じましたか。あなたは校正に向いているかもしれないですよ。


2018年02月13日(火曜日)
戦争を望んでいないか

 シリアでは政府軍が反政府軍支配地を取り囲み封鎖しています。その中には何万人もの人たちがいわば兵糧攻めにあっています。治療を必要とする重症患者も多くいますが、医者も病院も圧倒的に足りません。このほど20人程度の重症の子供たちを搬送できることになりました。人道的措置のように聞こえますが、実は捕虜交換だそうです。つまりすでに捕まっている反政府軍兵士と交換に子供たちを解放するということです。悲惨な戦争はずっと続いています。
 70年ほど前、日本は戦争に負けました。強権的な政府がすべてを決めるという時代が終わり、民主主義、自分たちが主役になれるという時代に変わるということになりました。もう戦争はしないという国民総懺悔があって、実際戦争には直接関与はしませんでした。戦争はないんだ、そう思い込んでいました。
 さて冷静に世界史を見てみましょう。第2次世界大戦の後、すぐにインドネシア独立戦争、インドシナ戦争、インド・パキスタン戦争、チベット紛争、朝鮮戦争、ハンガリー動乱、ラオス、コンゴ、ベトナム戦争、まだまだ延々と続いています。アフガニスタン、イラン・イラク、湾岸戦争、中東戦争。戦争は続いていました。
 戦争を避けるにはどうしたらよいのか。日本の約70年の平和は奇跡だったのかもしれません。どうしたら保てたのか。戦争の原因は経済的な権益の取り合いです。単純な言い方をすれば、お金持ちがさらに良い条件を奪うために戦うのです。独立だ、正義だ、というもっともらしい理由に惑わされてはいけないでしょう。戦争があるかもしれないというと景気がよくなります。軍需産業が活気づき、経済が活気づくからです。戦争が終わると不景気になります。過剰投資が顕在化するからです。どうしたら平和でいられるのか。じっくり考える必要があるようです。



2017年12月06日(水曜日)
サラダ記念日

 先日電車に乗ってつり革につかまっていたら、目の前の女性が立ち上がってなにやら耳元に声をかけてきた。何を話しているのかはわからなかったが、その手つきからどうやら席を讓るからお掛けください、ということのようでした。
何も考えていなかった私は、とんでもない、すぐ降りるしとお断りした。
 女性は立ち上がって脇によけている。そうか確かに今日は疲れて私はヨレヨレだ。ひどい状態と同情されたのかもしれなかった。これは初めての体験だった。ショックだが、少しありがたい気もする。
 私はその女性にとても語りたい衝動に駆られた。「あなたが席を譲ると言ったから今日は優先席記念日です」



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