「法名(名は体をあらわす)」釋 文明法話-1

法 名(名は体をあらわす。)

釋 文明

私たちは、親しい人の名前を思い浮かべた時、その人の容姿だけでなく、性格や考え方、趣味と言ったものまでも思い浮かべることができます。

そしてそれは、その人との関わりが深ければ深いほど、より詳細にまたより鮮明に思い浮かべることができます。一方、当たり前のことですが、一度も会ったことのない人の名前を目にしたり、聞いたりしても何も思い浮かべることは出来ません。

先日、毎日のように立ち寄るコンビニで顔見知りになった店員さん(立ち寄る毎に世間話をし、気さくに話が出来るほど親しくなっていました。)から「毎日のようにご利用いただき有難うございます。ところで、失礼ですが、もしよろしければお名前教えていただけませんか」と言われました。「毎日のようにご利用いただいているのに、お名前も知らずお礼を言うのも失礼ですし」とのことでした。

名前は私たちの人との関わり合いの中で大切な役割を果たしています。

どんなに親しい人でも名前を知らなかったらどうでしょうか?


法名は自らが仏教徒「仏様の弟子」となった証の名前です。

生死(しょうじ)の境を彷徨っているこの私を、真実(まこと)のいのちへと導いてくださる仏様のみこころに、すべてをお任せしますと自らが名告る名前です。ですから本来は、生前に授かることが大切なことです。

そして、仏教徒としての人生を歩んで行く中で、身近な家族はもちろん、関わり合う人々が「法名」を思い浮かべて下さる時、容姿や性格や趣味だけでなく、自らが心のよりどころとしている仏様のことまでも思い浮かべて下さるような歩みをすることが、大切なことと言えます。

-----続く

合掌


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