「心のもちよう」ころく法話-1

「心のもちよう」

ころく

人は皆、罪(過ち)を犯さずには生きられません。しかし、同じ過ちを繰り返してしまう……。

私たちは生きていく為に知らず知らずに過ちを犯しているものです。 しかし、決して同じ過ちを繰り返さないように気をつけなければなりません。

日蓮聖人は『上野殿後家尼御返事』(うえのどのごけあまごへんじ)というお手紙で、次のようにお教えを説かれています。

「それ浄土と云うも地獄というも外には候はず、ただ我等が胸の間にあり。これを悟るといふ。これに迷うを凡夫といふ。これをさとるは法華経な利。もししからば法華経を持ち奉るものは、地獄即寂光と悟り候ぞ…云々」

今生きているこの世界を安楽に満ちた仏の世界と感じるか、苦しみにあふれた地獄の世界と感じるかは、実は心の中の問題であると、清らかな心であれば仏さまのようになれます。

迷った心からは何も生まれないのです。仏典を信じ、その教えを護って暮らしていく時、仏さまのような慈悲の心が得られ、この社会がそのまま、光溢れる仏の国になるのです。

朝夕、顔を洗う時、心の中が汚れていないか、自分自身に問いかけて見ましょう。そして、心が清く正しくあるように「洗心(心を洗う事)」を心がけて見ましょう。

また、今月は台風が多い月でもあります。

雨というのは、本来まっすぐに降るものですが、途中、風のいたずらによって窓ガラスを打つこともあるのです。人間もまた、誰もがまっすぐな心を持っているのですが、それに気づかず、過ちによって、三毒(貪瞋痴(とんじんち))に溺れる人間になってしまうこともあるのです。

まもなくお彼岸の時期に入ります。

年に2回昼と夜の長さが同じになるこの彼岸は、日々の生活に追われ乱れた心に向かい合い(僧侶私たちも含め)清浄に気をつけて過ごしましょうよという期間です。

それによって

それぞれが心と心を一つにして手に手を取り合い、お互いに助け合い信じ合う心を持つ事につながります。

少しずつでも、それぞれが持って生まれた仏性を呼び起こして、お互い敬い、信じ助け合いながら心を一つにして、この娑婆(しゃば)世界を仏様の慈悲溢れる国に変えて生きましょう




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